月夜の獣
たっきゅん
月夜の獣
「守りたいものはありますか」
疑問形ではない不思議なニュアンスの言葉が頭上から降り注ぐ。薄い雲から注ぐ月明かりに照らされた男の顔を見ても表情が読み取れない。薄白い肌で能面のような優男は何を考えてそんなことを口にしたのか。
「貴様っ! 私の大切な、守りたい者を奪っておいてそれか!」
まるで私にまだ守りたいものがあるか問うように、腕の中で動かなくなった彼を強く抱きしめ、そいつを睨みつける。
「そうですか」
「そうだ! 柴田は可愛いやつだった! どうして手にかけた! 私たちに何の恨みがある?!」
それは辻斬りだった。突然ヤツが路上の陰から襲ってきたのだ。理由は不明。男に私は見覚えがない。私を庇って柴田が切られ、傷口から血が、今も地面に滴っている。
「……擬態し、欺き、喰らう。そんな人のような知能を持つ獣を人狼という」
「どういうことだ!」
ジャリ、ジャリ……と、男がゆっくり近付いてくる。近くに私たち以外の人影はない。それどころかこれだけ声を荒げているのに町人は誰一人として家から出てこない。
「貴女から人狼の匂いがした。だが、違ったようだ。守りたいものがないのが人狼だ。貴女がそうであるわけがない」
「当たり前だ! 私は人間だぞ!? 辻斬り何ぞしてただで済むと思っているのか!」
今宵は満月。この路地だけが異質で町中、至る所でお月見が催されている。衛兵も近くにいるはずだ。隙をみて逃げようといつでも足に力を入れられるようにしておく。
「月が綺麗ですね」
「……それはどうも」
「貴女には言っていません」
どういうことだ。何を考えている? わからない。何も私にはわからない。ただ、わかるのは――腕の中の柴田を置いてはいけないことだけだ。額から汗が滴れる。それが柴田の傷口を濡らした。
「きゃうんっ!」
「柴田っ!?」
するとピクリともしていなかった犬の柴田が飛び跳ねたではないか!
「自作自演というやつです。ほら、月が綺麗ですよ。貴方も人の姿になりなさい」
いつの間にか月を覆っていたベールは取り除かれ、まん丸のお月様が空に浮かんでいた。
「貴方を守りたいものと言ってくれた女性がいるんです。ちゃんと君からも言ってあげてください」
腕から飛び出た柴田は影が伸びるように人の体を形成していく。数秒後、そこには一人の男の子がいた。
「あの、はじめまして。柴田です」
言葉をなくす。いつも一緒にいた犬の姿は私を騙すため?
「柴田。君は私を食べるために……」
「違う! 一緒にいるためにだよ!」
狼男の柴田は私を守るために体が動いて切られたそうだ。その行動は人狼にあらず。その日、柴田と私の関係は変わった。けれど日常は続いていく。
なぜならあの男は犬の姿に戻りたい柴田にこう言ったからだ。
「君も僕も終わり方を知らない」
月夜の獣 たっきゅん @takkyun
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