女流作家(たぶん)の「しろっこにー」さんのデビュー作です。今のところ、これ一作しかありませんが、これは相当いいですよ。
わたくし、この手の心理描写多めの恋愛ものが大好きで、自分でもしょっちゅう書いていますが、ワンシーンで心理描写オンリーで5000字埋めるのはなかなかできることではありません。文体や表現方法もオリジナリティにあふれ、AIでは書けないセンス。文章も小粋でしかも読みやすい。
ストーリーは、交通事故で異世界に転生してしまった主人公が、そこで助けてくれたツン狐さんと、いろいろ話しながら、二人でお月見するという、ただそれだけのお話ですが、これがなんともほのぼのしていてよいです。王道のツンデレ、そしてラブコメ。
魔法も勇者も出てこず、異世界転生の意味は希薄ですが、そこに力点のあるお話ではなく、二人の会話や気持ちのやり取りを楽しむ作品ですね。
他の作品も、もっとたくさん書いて欲しいと思わせる好編でした。
処女作からしか得られないものが、確かにある…。
文章にややたどたどしさがあるものの、作者さんがあれこれ思案しながら、キャラクターの感情を一生懸命読み手に伝えようとしたんだということが良くわかる。なんというか小手先感がない。
書くことに慣れてくると小手先でいい感じに仕上げてしまう。そういう文章は読みやすく、クールではあるが、どちらかと言えば心に残るのはそんな手慣れた作品よりもこちらの作品のようなものが多いかもしれない。
書き手の真摯な感情が、登場人物の初々しいやり取りとリンクして作品全体の瑞々しい雰囲気を作り上げている。読んでいて素直に心が満たされた。
つん狐さんは、平成で一大ブームを巻き起こした、分かりやすいツンデレ女子。
「べ、別にそういうんじゃないんだからね!」
あの頃みんなを夢中にさせた彼女たちは、最近とんと見なくなってしまった。どこいったんやろなぁと思っていたが、ここで平和に団子を食っていたんだな。かつての旧友に会ったような、郷愁と喜びが混じったような切ない気持ちになってしまった。
しかし、主人公が中盤で「そして死んだ」と言い出したところは吹いてしまった。あれを唐突にぶっこめるところにWEB作家としての才能の片鱗を感じる。このちょっとした感性が大事…。
今後も引き続き、色々書いていって欲しいなぁ。良い朝読でした。