五季のめぐり ― 変わりゆく空の記憶

亜香里

五季のめぐり ― 変わりゆく空の記憶

 季節の時計が、どこかで狂いはじめている。

 春はあっという間に駆け抜け、秋は一瞬の夢のように過ぎ去る。

 冬の終わりにはもう真夏の陽射しが差し込み、季節たちは互いの境を忘れてしまったかのようだ。


 梅雨の雨も、昔のように一定ではない。

 かつては屋根を叩く雨音が、心のリズムを整えてくれた。

今は、降らない年があるかと思えば、空が割れたように降り続く年もある。

線状降水帯――新しい言葉が、空の混乱を代弁している。


 私は「五季のめぐり」という詩を書いている。

 春・梅雨・夏・秋・冬、そしてそれらを結ぶ“巡り”の季。

 人と自然がひと息で繋がっていた頃の記憶を、言葉に留めようとしている。

 けれど、この世界では、その五季でさえかたちを変えはじめた。

 十年後、私たちは“第六の季”に生きているかもしれない。


 未来の空を想うと、不思議な不安と好奇心が胸を過る。

 灼けるような熱気が渦を巻く「熱嵐」、

 乾いた風だけを残す「乾季型台風」、

 そして冷気が爆発する「寒気爆弾」。

 夜には、帯電した霧が青白く光る「静電霧」。

 気象の言葉が増えるたび、世界の語彙は豊かになり、同時にどこか切なくなる。

 まるで自然が、言葉を通して私たちに何かを訴えようとしているかのようだ。


 気象は、単なる自然現象ではない。

 それは、文明の呼吸であり、人間の生き方の鏡でもある。

 効率を求める私たちは、いつの間にか“間”を失った。

 春と秋の短さは、心の余白の少なさを映しているのかもしれない。


 それでも、風はまだ巡っている。

 たとえ新しい季節が生まれ、空の名が変わっても――

 どこかで、あの春の匂いを運ぶ風が吹いていると信じたい。

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