第8話 サバイバーA(1)【ゴルゴーン】

 彼が気が付いたときには、既に世界は終わっていた。


 連日の残業による寝不足、上司による無茶振り。

 あの日、倉庫での荷物移動の作業を命じられていた彼は、作業中に高熱を出して気絶。


 彼が目が覚めると、上司を含め、同僚は全てゾンビになっていた。


 正確には、彼以外にもゾンビ化を免れた同僚はいたのだが。

 倉庫の窓から、ゾンビに追いかけられ、襲われ、そして食い荒らされる同僚を、彼は何もできないまま眺めることになったのだ。


 それから、彼はずっと、この倉庫の中に籠もっている。


 幸い、ペットボトル飲料とコーンフレークなどの保存食が保管された倉庫であったため、水と食料に困ることは無かった。

 だが、如何せん、何の娯楽も、何の仕事も無い環境だ。


 倉庫の外では同僚ゾンビが延々と歩き回っており、脱出することもままならない。

 なまじ環境が整っているからこそ、彼は暇を持て余しながらも、ここから出るという選択肢を取れなかったのだ。


 そして、倉庫に籠もったまま、1週間ほど経ったとき。


 何か、いつもと違う物音がした気がして、彼は倉庫の2階の窓から、外に目を向けた。


 彼以外のサバイバーが、ゾンビに見つかったのか。

 ゾンビ特有の、普段とは違う叫び声だ。

 その声が、彼の隠れる倉庫のすぐ傍から聞こえてきたのである。


 また、貴重なサバイバーが居なくなった。

 彼はそう判断し、目を逸らそうとした瞬間。


 一人の少女が、会社の敷地に飛び込んできたのだ。


「!?」


 慌てて、彼は窓に張り付く。彼女が入ってきた場所は、同僚ゾンビが徘徊するルート上なのだ。

 だが、幸いなことに、そのゾンビはまだ姿を現していない。


 少女は落ち着いた仕草で、中腰で移動してダンボールの影に入った。


「…………」


 助けに行くべきか。

 だが、彼の脳裏に思い浮かんだのは、ゾンビに襲われ、食い殺された同僚の姿だ。

 そうして足がすくんで動けないうちに、徘徊ゾンビがゆっくりと近付いてきた。


(すまん……!)


 無理だ。

 彼はそう思ってしまった。今このタイミングで、彼が動いたとしても、彼女を助けることはできない。

 あのゾンビは、いつもあの場所に、手にした箒で殴りかかるのだ。

 あそこに隠れてしまったら、おそらく、ゾンビに殴り殺されてしまうだろう。

 そして、また新たなゾンビがこの周辺に加わることになるのだ。


 『タたまタまたマタダンだんダダダンダンボールをョヨをよォ……だレれがれがだれがカたかタヅけェるとおモモっテモッてオモッてるるルルウゥゥゥッ!!!!』


 同僚のゾンビが、叫びながら手にした箒の柄を振り下ろす。

 彼は、思わず顔を背けた。

 だが。

 目を瞑る直前に見えた異様な光景に、慌てて顔を戻す。


 箒の柄が振り下ろされた、ダンボールの裏。

 そこに、撲殺された少女の姿はない。


 少女は、既に同僚ゾンビの背後に移動しており、ゾンビの攻撃、何よりその視界から逃れていたのだ。


「……!?」


 少女は、ゾンビの後ろでしゃがみ込んでいる。その視線は、しっかりと目の前のゾンビに向けられていた。


 ゾンビは、単純に、問答無用の脅威である。

 そのゾンビを、少女は、間違いなく見つめていた。


 同僚ゾンビが、前を向いて歩き始める。

 少女は中腰になると、まさに息の掛かるほどの距離でそのゾンビの後ろをついて行った。


「…………」


 気付かれない。

 中腰で歩く少女に、目の前のゾンビは全く気付いていない。


 少女はゾンビの真後ろを歩く。

 ゾンビが突然背後を振り返った時は、思わず叫びそうになった。

 だが、少女は的確にその場にしゃがみ込み、ゾンビの視界に入らない。


 ……冷静に考えて、果たしてそんなことがあるのだろうか。

 いくらしゃがみ込んでいるとはいえ、真下に人間がいて、それに気付かないということがあるのだろうか?


 だが、結局少女はそのまま同僚のゾンビの後ろを歩き続け、振り返るゾンビから隠れること3回。


 全くゾンビに気付かれることなく、正門に併設された通用門を使って外に出ていった。


 何か、特別な雰囲気があったわけではない。むしろ、あまりにも普通の少女だった。

 服装も、単なるジャージ。動きやすさを考えてのものだろうから、それは問題ない。


 だが、彼女はゾンビに追い掛けられて、初めてこの敷地に入ったはずだ。

 なぜ、あの徘徊する同僚ゾンビから隠れる――いや、言葉を選ばずに言えば、手玉に取ることができたのか。


 あまりにも異質。

 見た目が普通だったが故に、その行動は際立って異常であった。


 普通であれば、そんな異常者のことなど忘れてしまうのが正しい選択だ。

 だが、残念ながら、彼は普通ではない状況に陥っていた。

 やることもなく、目指すものもなく。

 そんな日常が続くのであれば、あるいは、あの少女のような異常を目指してもいいかもしれない。


 やがて彼は、日常的にゾンビ達を観察するようになる。


 ゾンビ達が、どんな行動をとっているのか。何に反応するのか。それらをつぶさに観察し、記録していった。


 ゾンビの視界は、基本的に顔が向いている方向に限られる。視界の端は、基本的にあまり気にしていない。つまり、驚くほどに視界が狭い。

 また、音には敏感だが、ある程度より小さな音には全く反応しない。たとえ足元で音がしても、顔を向けることはないのだ。

 だが、一定以上の音がすると、手に届く範囲であれば問答無用で掴みかかるし、離れていれば全力で走り寄る。


 そして、特に徘徊型のゾンビは、一定の行動パターンを取り続ける。これに例外はない。

 歩いているゾンビは、必ず同じ場所を歩き続ける。ランダムに見えても、そこには必ずパターンが存在する。

 振り返る場所では、ゾンビは必ず振り返る。振り返らない場所では、物音がしない限り、絶対に振り返らない。

 たまに、倉庫の周りを徘徊する同僚ゾンビのように、同じ場所で必ず同じアクションを取る個体も存在する。それにしても、一度の例外もなく、必ず同じ行動を取る。


 そんなパターンを彼は発見し、そして遂に、満を辞して行動を開始した。


 後に、「二目と見られない男ゴルゴーン」と呼ばれる男の誕生であった。


 彼の行動原理が、あの日見た少女によって決定づけられたというのは――


 ――全ての人が知る事実である。


 他ならぬ彼が、ことあるごとに言いふらしているのだから。


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本日もお付き合いいただき、ありがとうございました!

こちらのシリーズ、もっと見たい、茜ちゃんがんばれ!と思った方は、チャンネル登録、高評価をよろしくお願いしまぁす!

それじゃあ――また、次の配信でお会いしましょう!

んぅサヨナラッ

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2026年1月12日 17:00

最強のホラゲー配信者がゲーム世界に転生したら、全く怖くない。 てんてんこ @tenko03

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