第7話 彼女は慎重に行動しました

 茜は『押して』、『閉めた』。


 伸ばされた手をしゃがんで躱し、前のめりに入り込もうとする男の身体を渾身の力で外に押す。たたらを踏んで男が後ろに下がった瞬間、ドアノブを掴んでバタン、と扉を閉める。


「おっと、訪問販売のおじさんですね。はい、うちはお断りしています~」


 ――ドンドンドンドン!!!!


「おじさんはしばらくあそこに置いておいて、こっちは裏から出ましょうね」


 激しく叩かれる玄関ドアを尻目に、彼女はスタスタと裏口に向かった。

 裏口のカギを開け、そのまま外に出る。


「さて、ここからは慎重に移動しましょう。結構、道を巡回しているゾンビが多いステージになりますので。周囲をしっかり確認しましょう」


 そう解説しながら、彼女は目の前の柵を登ると、ノータイムで躊躇無く飛び降りた。

 着地の勢いを殺さないよう『前転』すると、そのまま全力で『走り』出す。


「この、はっ、道は、ゾンビがかなりの頻度で通り、掛かりますので、捕まる前に走って、駆け抜けます、って走り、ながらしゃべ、るのはさす、がにきついわ!」



 実況魂を発揮しつつ、彼――彼女は『走る』。


 『走る』スキルは移動速度を大幅に上げることができるうえ、使用制限もないという非常に強力なアクションスキルだ。

 ただし、範囲内のゾンビが例外なく反応し、襲いかかってくるというデメリットを持っているため、使いどころは難しいのだが。


「ゾンビは、視線を切ると、最後に目撃した場所に、突撃するという性質が、ありますので!」


 走る茜はそのまま、自動販売機の影に飛び込んだ。

 そして、彼女の『走る』音を聞いたゾンビが数体、彼女目掛けて走ってくる。


『オハヨっおはようオハおはよオハヨウオハおははオオおおハハァッ!!!』


『ごみゴミゴミィカラスがまたマタゴミゴミカラスぅああァゴミごみごみカラスゥ!!』


『ホォーーーー!! ほぉーーーーーッ! ホぉおおぉーーーーー!!!』


 自販機の影でゾンビからの視線を切り、後ろの塀に手を掛け、彼女は『登る』。一気に身体を引き上げ、ひらりと塀を跳び越え、その場で即座に『中腰』になった。


 そして彼女は『中腰』のまま、ゆっくりと歩き出す。


 歩く先には、うち捨てられた段ボールが積み重なっている。

 茜はその影にはいると、塀に『張り付いた』。


『オハヨーー!!』


『からすのゴミがゴミイィーーー!!!!』


『ホォーーーー!!』


 塀の外では、駆け寄ったゾンビ達が押しくらまんじゅう状態になっていた。

 だが、塀に遮られて彼女の姿を視認できない。

 そのまましばらくすれば、ゾンビ達は落ち着いて元の巡回路に戻っていくはずだ。


 ――だが。


『……アァ……めん、メンド……アァ……メン……』


 塀の内側。

 ボソボソ、と呟く声が、どこからともなく聞こえてきた。


「……来ましたね、朝の清掃を押しつけられた可哀想な社畜君です。彼はホウキを持ったまま、ずっとこの敷地を徘徊していますから、ここに逃げ込むときは気を付けましょう」


 塀に『張り付いた』まま、小声で彼女はそう解説する。


『……アサソウジ……そう……そうじ……めん、めん、メンドめんメンド……』


 とすり。とすり。


 フラフラと揺れながら歩く、青白い顔をした青年ゾンビが、彼女の隠れる場所に近付いてきた。

 その手には、先の折れた棒を握っている。恐らく、箒部分は何かの弾みで折れてしまったのだろう。


 彼女は息を殺したまま、積まれた段ボールの影で塀に『張り付き』続ける。


『オオ……メンド……ころおロロイツカコロ……めんど……ソウ……めんソウジ……』


 青年ゾンビは、ボロボロに破れた作業着を引きずりながら、淡々と歩いていた。

 視線は前方に固定されており、隠れた彼女に気付いた様子はない。


「……あのお兄さんの前では、一瞬でも動くと即座に見つかってしまいます。『張り付き』を使えば、動作無しの判定になりますので、このままやり過ごしましょう。単に立ち止まるだけだと、一定間隔で動作判定が発生するんですよね。これ、覚えておいてくださいね」


 そして、青年ゾンビは、隠れる彼女には気付かないまま、その場を通り過ぎ。


「……はい、っと」


 瞬間、彼女は『中腰』になって歩いた。

 するり、と青年ゾンビの背後に移動したのだ。


 その直後、青年ゾンビは段ボールの影部分を、ぐるり、と首をねじってのぞき込んだ。


『タたまタまたマタダンだんダダダンダンボールをョヨをよォ……だレれがれがだれがカたかタヅけェるとおモモっテモッてオモッてるるルルウゥゥゥッ!!!!』


 そして、青年ゾンビは叫びながら、手にした棒をその場に振り下ろした。

 ジャリィ!と音を立て、棒の先端が塀を削る。

 よく見ると、少し離れた場所に、折れた箒の先端が落ちていた。


『…………』


「…………」


 しばしの、沈黙。


 スッ……と、青年が姿勢を戻した。


『メン……メンド……あおぉアサぁ……そうソウそウジ……メんど……あぁ……』


 とすり。とすり。


 青年ゾンビは、何事も無かったように歩き始める。


「……ちなみに今のは即死攻撃ですので、必ず避けましょう」


 彼女は、落ち着き払った表情で小さく呟くと、中腰姿勢のまま、青年ゾンビの後ろを歩き始めた。


『コロスゥ……アサあさソウじィ……メンドアサ……ぁあぁぁ……』


「……このお兄さん、あの段ボールの前以外ではイレギュラーな挙動はしないので、安心して後ろを歩くことができます。ちなみにこの建物、中にサバイバーが立て籠もっているんですが、時間が掛かるだけで何も得られないイベントですので、今回はスキップしましょう。正規ルートでは、このお兄さんをやり過ごした後に窓から侵入して玄関から脱出することになるんですが、まあ、後ろを付いて歩くのが一番早く――はい」


 解説の途中で、彼女はすっと『しゃがむ』。

 そしてその瞬間、青年ゾンビが突然、後ろを振り返った。


『あアァ……おはよゥうソウジおはコロござイマイマすスス……メン……』


「…………」


 青年ゾンビが、前を向く。

 彼女は、『中腰』の姿勢に戻った。


「……すぐ後ろで『しゃがむ』ことで、振り返りの視界から逃れることができます。ちょっとでも離れると見つかるので、ギリギリを攻めましょうねぇ。はい。この振り返り、特定の場所で必ずやってきますので、場所を覚えて『しゃがむ』ようにすると安全に進むことができます」


 そうして。

 彼女は更に3回、『しゃがむ』で青年ゾンビの振り返りをやり過ごし、開きっぱなしの通用門を通ってその敷地から脱出したのだった。

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