最終話
「これが電車なのね〜」
柚乃のショルダーバッグの外ポケットから顔を出しているガーベラはうきうきした表情だ。
今日は休日。柚乃とガーベラは残りの秘宝を探すため、外出していたのだった。
先日、ガーベラからお願いされた護衛の件。柚乃は引き受けることにした。
妖精の国の危機的状態に胸を痛め、ガーベラに協力したいと強く思ったのだ。
それに、可愛らしい妖精のお姫様からのお願いだ。『強い』と言われたのも柚乃は嬉しかったのだった。
「この辺りの土地のことも、色々と教えてくれてありがとう。すごく助かるわ」
車窓からの景色を眺めていたガーベラが、ふとそう言った。
「役に立ってるなら良かったです。早く見つけないと、妖精の国も心配ですし、下手したら魔王の軍勢が手に入れてしまう可能性がありますよね」
「そうね……一刻も早く、全ての秘宝を回収しないと」
こうして柚乃は、ガーベラのことを守るだけでなく、秘宝探しにも積極的に協力することにしたのだ。
「どうですか。ガーベラ姫。秘宝の力はどの方向から感じますか?」
ガーベラが秘宝の力を感じると言って電車を降りた柚乃。
辺りに人がいないタイミングで柚乃はガーベラに尋ねた。
「……あちらから感じるわ」
水晶の鍵をぎゅっと握りしめていたガーベラは、東の方角を指さす。
柚乃はガーベラが指さした方向へと歩き出した。
柚乃はこの辺りに来たことがない。なので、秘宝を見落とさないようにと、しっかり観察する。
ガーベラは水晶の鍵を握りしめて、秘宝の力を感じ取っていた。
しばらく歩いていると、交通量の多い広い道へと出た。そこで、ガーベラがハッとした表情になる。
「秘宝の力をより強く感じるわ……!」
「近くに秘宝が……でも、どこに?」
柚乃は辺りをきょろきょろと見回した。そして、何気なくマンホールの蓋を踏んだそのとき。
『アッハッハ! 罠にかかったな!』
突然の笑い声に柚乃はビクッと体を震わせた。
「っ! ユノちゃん、ここから離れて!」
ガーベラがポケットから顔をだしてそう叫んだが、もう遅かった。
マンホールの蓋を中心に、魔法陣のようなものが現れ、柚乃とガーベラは光りに包まれた。
柚乃は恐る恐る目を開けた。
「ここは……」
一面灰色の世界だ。
「秘宝の力と……あいつらの気配を感じるわ」
ガーベラが少し不安そうな表情で辺りを見回していた。
「あいつらってことは、魔王の軍勢の……」
「あったりぃいい! だいせーかぁあい!」
いつの間にか、柚乃たちの目の前にガーベラと同じくらいのサイズの少年がいた。
少年の手足はトカゲのように鱗に覆われ、鋭い爪を持っていた。
さらに、緑色に輝く宝玉を手にしていたのだ。
ガーベラは目を見開いた。
「秘宝! まさか、もう手に入れてたなんて」
「ハッハッハッ! この秘宝の力に寄せられて来るだろうと思って罠を仕掛けたら、まんまと引っかかる! ちょー笑える! さすが、平和ボケしてる国のお姫様だな?」
少年は小馬鹿にした態度でガーベラを見ていた。
「ほら、お姫様。さっさと水晶の鍵を渡しなよ。そしたら、ここから出してあげる」
少年は秘宝を持っていない方の手を差し出してきた。
ガーベラはキッと少年を睨んだ。
「渡すもんですか! 貴方こそ、その秘宝を私に返しなさい!」
「へーそういう態度をとるんだ? じゃあ、アンタたちを殺して、無理やり奪い取るしかないなぁ!?」
ガーベラは水晶の鍵を柚乃に渡す。
「ガーベラ姫のことは私が必ずお守りします! 秘宝も取り戻してみせる!」
「お願いね、ユノちゃん!」
眩い光が柚乃を包んだ。
魔法少女の姿に変身した柚乃は、跳躍して一気に少年に近づく。
少年はニヤリと笑う。そして、少年の周囲を六つの赤い火の玉が囲む。
攻撃が来ると踏んだ柚乃はロッドをくるりと回した。
「ガード!」
淡くピンク色に輝く壁が柚乃と少年の前に現れる。そして少年は……。
「行け! 眷属たちよ!」
バンッと火の玉が破裂すると、小さな赤い鱗のドラゴンが3匹、赤黒い鱗のワニが3匹、姿を現した。
「さっさとくたばれ!」
ドラゴン、ワニ、少年が一気に襲い掛かる。
衝撃に耐えきれなかった防壁は破壊された。
柚乃は後退して敵と距離を取る。
「肉片一つ残さず食べちまいな!」
少年がそう言えば、ドラゴンたちは火を吹き、ワニたちは突進してくる。
「吹き飛べ!」
柚乃は風魔法でドラゴンたちからの攻撃を防ごうとするが、ドラゴンたちは自由自在に飛び回り、柚乃の攻撃を掻い潜る。
そして、ワニたちは三方向から突進してきて柚乃を狙ってきていた。
四方八方からの攻撃に、柚乃は防御のみ……いや、それすらも出来ていない。ワニに足を噛まれ、ドラゴンの鋭い爪に頬を引っ掻かれる。
離れた場所で様子を見ていたガーベラは青ざめていた。
「いけない……あのままじゃ、ユノちゃんが危ないわ!」
ガーベラは意を決し、左手に力を込めると魔法陣が浮かび上がり、ぽんっと青く輝く宝玉が飛び出した。
ガーベラが人間界に来て最初に見つけた秘宝だ。
ガーベラは秘宝を両手でしっかり持つと、柚乃の元へと飛んでいく。
「ユノちゃん!」
柚乃は目を見開いて驚いていた。
ガーベラは柚乃のイヤリングになっている水晶の鍵に秘宝を当てる。
「青く輝く宝玉に宿りし水の精霊よ、目覚めよ! 秘められた力を解放せよ、彼女にその力を分け与えよ!」
青い光が柚乃を包む。そして、ロッドの飾りの宝石がピンクから青へと変化した。
「驚いた。秘宝持ってたのか。じゃあ、なおさらあんたらブチ殺して鍵も秘宝も奪わねぇとな!!」
少年は嬉々として柚乃とガーベラを見た。
ワニたちが大きく口を開けて、柚乃たちを喰らおうとする。
柚乃は青く輝くロッドを地面に向けた。
「水よ湧け。そして彼の者たちを沈めよ!」
こぽこぽと水音が響き渡り、青く輝く魔法陣がぽつぽつと地面に浮かび上がる。
そして、魔法陣は水たまりへと姿を変えた。
「ハッ! そんな水たまりでオレ様の眷属はどうすることもできねーよ!」
少年がそう嘲笑うが、気にせずに水たまりを踏んだワニたちは、ボチャンと沈み、姿を消す。浮かび上がることはなかった。
「私を喰らい尽くすことはできない。だって、水底に沈めてやるから」
柚乃は目を細めて笑った。
少年の顔は一瞬、引きつったが、すぐにケラケラと笑う。
「落とし穴を作ったって、空を飛ぶドラゴンには意味ないからな! 丸焦げになっちまいな!」
上空を悠々と舞うドラゴンたちが、火を吹こうと息を大きく吸ったそのとき。
柚乃はロッドをくるんと回す。
「惑わされよ、セイレーンの歌声!」
地面にぽつぽつとあった水たまりが青く輝き出し、女性の美しい歌声が響き渡る。
ドラゴンたちはふらりと気を失い、落下する。そして、水たまりへと呑み込まれた。
ガクッと少年も膝をつく。耳を塞いだが、遅かった。気が遠くなりつつある。
柚乃は少年へと近づき、思いっきり蹴り飛ばした。
少年は地面に仰向けで倒れた。そして、蹴り飛ばされたはずみで緑に輝く宝玉が滑り落ち、柚乃の足元へと転がった。
柚乃は宝玉を手に取る。
「深淵に落ちよ」
柚乃の持つロッドが力強く輝く。
少年は青い光に呑み込まれる。
ボチャンと、沈む音が聞こえた。
「ふぅ〜無事に戻ってこれたし、一つ秘宝を取り戻すこともできたわ」
自宅へ帰り道。ポケットから顔を出すガーベラは安堵の表情だ。だが、すぐに眉を下げて少し困った表情になる。
「それにしても……反撃に出たユノちゃんの表情が怖くってちょっと震えたわ……」
「す、すみません。怖がらせるつもりはなかったんですけど」
「謝らなくていいのよ。……とにかく、これからもよろしくね」
「はい。ガーベラ姫のことはお守りします」
二人の秘宝探しはまだまだ続く……。
〈完〉
セリフがちょっと悪役じみてる魔法少女 天石蓮 @56komatuna
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