第3話

 妖精のガーベラは妖精の国の姫であった。

 妖精の国には五つの秘宝があり、妖精王はその秘宝の力を上手く使いながら妖精の国を維持していた。


 ある日のこと。

 王宮の庭を散策していたガーベラは、突然吹いた冷たい風に身を震わせた。

 「冬でもないのに、冷たい風が吹いて驚いちゃったわ」

 「姫様、何か羽織るものをお持ちしましょうか? もしくは、部屋に戻られますか?」

 御付きのメイドがそう聞いてきたが、ガーベラは首を横に振る。

 「いえ、いいわ。耐えられないほどの冷たい風ではないから。それに、せっかく咲いた虹色に輝くバラを見ないまま部屋に戻りたくないわ」

 ガーベラとメイドが穏やかに会話をしていたそのとき。

 ドォオオンッ!!

 雷鳴のような音、そして地面がグラグラと揺れると、青空が一瞬にして黒に染め上げられる。

 「な、なにごと!?」

 ガーベラの体を支えるメイドは怯えた表情で「わ、わかりません……!」と呟いた。

 暖かな昼から一変、夜のように暗くなり、冷たい風がびゅうびゅうと容赦なく吹く。

 ガーベラはざわざわとする胸を押さえ、立ち上がると、メイドの方を見た。

 「あなたは、周辺にいる妖精たちに声をかけて、いつでも逃げ出せるようにしなさい」

 「姫様はどうされるのですか!?」

 「わたしは、お父様とお母様のところに行ってくるわ」

 ガーベラはドレスの裾を持ち上げて、走り出す。本当は飛んで行きたいところだが、強い風が吹いているので諦めて走ることにした。


 突然の異変に、王宮内は騒然としていた。父と母の元へ向かいながらガーベラは、すれ違う妖精たちに声をかけ、落ち着かせていった。


 「お父様! お母様! ご無事ですか!?」

 ガーベラは両親がいる部屋に飛び込む。

 「あぁ、ガーベラ!」

 「私達は大丈夫だ」

 全員、無事がわかってホッとする。だが、すぐに深刻な表情になった。

 「いったい何が起きているのですか?」

 ガーベラがそう聞けば、父である妖精王は一呼吸おいてから口を開いた。

 「どうやら、魔王の手下の仕業のようだ」

 「魔王!?」

 ガーベラたちが住まう妖精の国から随分と離れたところにあるのが魔王の国だ。凶暴な魔獣や死体や魂を好む精霊たちが住んでいる。

 「でも確か……魔王の国は、隣国の魔女の国と戦争していたのでは?」

 随分長いこと、魔王の国は隣国の魔女の国と戦争しているのだ。こんないきなり、遠く離れた妖精の国を攻める暇などないはずだ。

 「魔王の国は、何としてでも魔女の国に勝つために、妖精の国を攻めることにしたのではないかしら」

 母は痛ましげな表情でそう呟いた。

 「豊富な物資と秘宝を狙ってか」

 父が眉間を押さえながらそう言った。

 この妖精の国は、秘宝の力によって一年中過ごしやすい気候となっている。そのため、食料が豊富にあり、さらには秘宝の力と妖精の魔力を組み合わせたことで妙薬のような効能を持つ植物も多数生えていた。


 そうして状況整理をしていたところ、騎士の妖精が血相を変えて部屋に入った。

 「妖精王! 大変です! 国中に出現した魔法陣から魔獣たちが……!」

 言ったそばから部屋の床、壁、天井に禍々しい赤黒く光る魔法陣が浮かび上がる。

 そして、魔法陣からは魔獣や魂を狙う精霊が姿を現してきた。

 「ついに城内にまで……! 逃げてください!」

 騎士の妖精は氷の魔法を使い、魔獣や精霊を凍らせて動きを止める。

 ガーベラは父の腕を引いた。

 「お父様。秘宝の力を使うときではないですか!?」

 「……そうだな」

 父は金色に輝く腕輪を掲げた。

 この腕輪を使うことで秘宝が安置されている場所へ、一瞬で移動できるのだ。

 そして三人は金色の光りに包まれた。


 腕輪の魔法で転移した三人。

 台座に五つの宝玉が鎮座している。普段は日差しが入り込み、ふんわりと明るいこの場所も今は薄暗い。

 父は首にかかっているペンダントを外して手のひらに乗せた。

 ペンダントトップには、煌めく水晶の鍵。

 歴代の妖精王たちによって受け継がれたこの鍵で、秘宝の力を解放することができるのである。

 妖精王は台座に近づき、手前にある宝玉に水晶の鍵を当てた。

 いっぺんに五つの秘宝の力を解放できないため、一つ一つやっていく必要があった。

 「赤く輝く宝玉に宿りし火の精霊よ、目覚めよ。秘められた力を解放せよ……」

 父の様子を静かに見守っていた母とガーベラ。だが、母は途中でハッとなり後ろを見た。

 後方の床に、赤黒く光る魔法陣がぼんやりと浮かび上がっており、姿を現した魔獣がグルグルと低く唸り、ガーベラたちのことを見ていた。

 「風よ吹け!」

 母は風の魔法を使い、魔獣を近づけさせない。

 しかし、この部屋も壁や天井に赤黒い魔法陣が浮かび上がっていた。

 気がつけば、父は詠唱をやめていた。

 「ガーベラ。この水晶の鍵はお前に託す」

 父は無理やりガーベラに鍵を握らせた。

 「ま、待ってください。お父様。私にどうしろと……」

 戸惑うガーベラの腕を父は引き、台座の近くにガーベラを立たせた。

 「どうやら秘宝の力を解放する暇はなさそうだ。だが、魔王に秘宝が手に渡るのは防がねばならない。だから、ガーベラ……遠くへ逃げてもらう」

 ガーベラはふるふると首を横に振る。拒否を示すが、父は受け入れない。

 「ガーベラ、頼んだぞ!」

 父がそう言うのと同時に、鍵を持ったガーベラと五つの秘宝は金色に輝く魔法陣に飲み込まれた。


 こうしてガーベラと秘宝は柚乃のいる人間界へ転移した。

 だが、慌てていたこともあってガーベラと秘宝は散り散りになってしまったのだ。

 ガーベラは秘宝を一刻も早く回収し、秘宝の力を解放した上で妖精の国へと戻らなくてはいけない。

 幸い、水晶の鍵を持っていれば秘宝の力を感じることができるので、探し出すのは容易い。

 そう思っていたのだが……。


 「まさか、もう魔王の軍勢の者がこちらに来ているなんてね……」

 ガーベラは、はぁ〜とため息をついた。

 「そういうことだったんですね……。それで、秘宝はいくつ回収できたんですか?」

 柚乃がそう聞くと、ガーベラは指を一本立てる。つまり、まだ一個しか回収できてない。

 ガーベラは上目遣いで柚乃の方を見た。

 「今回だけのつもりだったけど……。初めて変身してあの強さ。驚いたわ。そんなユノちゃんにお願いしたいことがあるの」

 「お願いしたいこと?」

 「どうか私の護衛になって」

 ガーベラは懇願するように小さな両手をきゅっと握りしめて柚乃を見つめていた。

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