第6話 除霊師の幽霊を追い出せ!
最近こんな生活にも慣れてきた。お客は来ないので店の倒産の足音が刻一刻と近づいてくる。
「はぁ…」
「てんちょーどうしたんですか?ため息なんかついて」
「いや、すまんな、店が潰れそうだからどうしたもんかなって思ってな」
「?」
「潰れたらみんなの場所がなくなるなって思ったんだよ」
幽霊が現れて二週間になる。二週間も一緒にいれば愛着も湧くというもの。最初は追い出そうとしていたが、今はなんだかんだ楽しくやっている。だからこそ悩むのだ、この店がなくなったらこいつらはどこに行くのだろうかと。
「無くなりませんし、そもそもこの店潰れませんよ?」
「は?」
なにを言っとるんだこの娘は?
「成仏したらこの世には居なくなりますが、また向こうで楽しくやってるとは思います!」
「潰れないってどういうこ…」
聞く前にちび助は接客に行ってしまった。
「いらっしゃいませー!」
ま、あとで聞けばいいか。今日も悩める幽霊達の相談で忙しいなぁ。
今日の依頼者は神職?の服装をしている老婆だった。
「ワシの名前は稲葉。除霊師を生業としておる者だ」
「除霊師さんが何用でございますか」
「うむ、この店には大量の幽霊がおる」
まぁ、そりゃいるだろうな。なんたって最近は幽霊の集まる居酒屋として幽霊たちの中で話題だそうだ。お客の幽霊から聞いた話だが。
「まぁ、いっぱいいますね…」
「幽霊がたくさんいる場所は空気が淀んでいるのだ」
「はぁ…」
「なのでワシが除霊してやろう」
除霊!?もしかしてここの幽霊一掃できちゃう!?!?これで人間のお客さんが戻ってくるぞ!さっき楽しくやってるとか思ってたけどやっぱり店潰れるのは嫌だもんね!除霊してもらおう!
ニヤつた顔を正して除霊師と名乗る老婆に向き直る。
「できるんですか、そんなこと」
「ワシにならできる」
「対価はなにを支払えば?」
「要らぬ。ワシはここの幽霊を全て祓って名声を得たい」
「ではお願いします」
これで契約は成った。
「てんちょー、従業員を見捨てるんですか!!!」
「わが筋肉に一片の悔いなしっ!」
「私はまだこのお店に居たいです…」
三者三葉、除霊と聞いて慌てるもの、受け入れるもの、未練があるもの綺麗に分かれた。
「お前らはもうここに居てはいけない。あるべき場所に還るのだ」
「でもてんちょーはどうするんですか?」
「えっ?どういう事?」
どうもこうも俺は幽霊に出会う前の生活に戻るだけだ。
「ふむ、ワシから説明しよう。除霊とは受けたら成仏したりするわけじゃない。ただ消滅して暗いところに行くんじゃぞ」
「えっ、成仏じゃないの???この世界から消えるの???」
「そうじゃ。おぬしも消滅して消えるんじゃぞ」
「は?幽霊はともかくなんで俺まで」
「それはおぬしが幽霊だからじゃろう」
俺が幽霊…?何を言っとるんだこの老婆は。
「いや、そんなわけ…」
「なんじゃ、気づいておらんかったのか?」
「てんちょー気づいてなかったんですか?」
「えっ、いや、えっ?」
何が何だかわからず混乱する。頭が上手く回らない.
「おぬし、最近おかしなことは起こらんかったか?」
「いや、そもそも幽霊が居るのがおかし…」
俺はそこで気が付いてしまった。客の全く来ない居酒屋、通勤中の暗い顔した人たち、そして客の全く来なくなった日から急に現れた幽霊達。しかし物には触れるし、この前は動画だって見てたし、料理も作って食べられる。もしかするとと思い聞いてみる。
「俺は物に触ったりできるけどなんでなんだ?」
「それは幽霊としての力が強すぎるからじゃよ」
強すぎる…か。たしかにマッチョ君を時も俺は幽霊に触れていた。そして思い出した。俺はこの厨房で意識を失ったんだ。
すべてを思い出した後のこの世界は少し暗く見えた。気が付かない方がよかったかもしれない。いろんなことが頭の中を駆け巡る。
「てんちょー?大丈夫ですか?」
ちび助の声で俺は我に返った。
「大丈夫だ、ちょっと考え事をしていただけだ」
「店長。疲れたのなら少し休むといいっす!何事も負荷をかけたら超回復!筋肉も一緒っす!」
ちょっとおばかなマッチョ君にすこし安心しつつ…
「では除霊を始める」
老婆の幽霊がいきなり除霊を始める。
「おいおいおい、ちょっと待て!状況が変わった!」
「待てぬ!契約は成った。今すぐ始める!」
「何でだ!!お前らも見てないでこのばあさんを止めろ!!!」
「南無南無…」
老婆の幽霊はすでに詠唱を始めている。
「てんちょーが止めてくださいよ…」
「俺だって怖いんだよ!!!」
ちび助がダメならマッチョ君だ!マッチョ君は…ダメだ…座布団を被って地面にうずくまっている…
「肝心な時に…」
記憶喪失の幽霊はもうすでに魂が抜けている。もうこうなったら実力行使だ。老婆を投げたくは無かったがやるしかない…!
「破ァァァァァァ!!!!」
終わった…どうやら詠唱が終わって除霊の力を開放しているようだ。俺の幽霊としての人生短かったな…幽霊ってなにか未練があってなるみたいだけど、俺の未練って何だったんだろうな…なんて思いながら消滅の時を待つ。だがなかなかその時はやってこない。
「あれ…全然消えないけど…」
「おかしいのぉ。最近ずっと効かんのじゃ」
効かねぇのかよ…よくよく考えれば幽霊が除霊するってどういう状況だ、そもそも自分も幽霊なんだから一緒に消えちゃうだろ…
「た、助かった」
「ばぁさん、いつから除霊出来なくなったの」
「幽霊になってからかの。はっはっは」
笑い事じゃねぇよ…本当に…
「そういや記憶喪失の幽霊が魂抜けてたけど…」
チラッと彼の方を見る。まだ魂が抜けていた。
「おーい、大丈夫…か?」
呼んでも返事がない。
「これは死んでますね…」
幽霊なんだからもう死んでるってツッコミは置いておいて。
「消滅したんじゃねぇよな?ばぁさん」
「消滅したなら姿も見えんから大丈夫じゃ」
「ならいいけど…」
そして俺はまだうずくまっているマッチョ君の方に歩いていき、被ってる座布団を引っぺがした。
「お前もいつまで固まってるんだ…」
「あれっ、俺生きてる…っすか?」
「お前は幽霊なんだからもう死んでるよ」
「そうだったっす」
二回目は流石につっこんだ。さっきこいつ我が筋肉に一片の悔いなしとか言ってたのに飛んだビビりだ。筋肉で解決できないことには弱いのだろう。
「除霊の腕を磨いてまた来る」
そう言い残して老婆の幽霊は帰っていった。
「もう来なくていいんだけどなぁ。あんなばぁさんでも現世に未練があるんだな」
「人間なに抱えてるかなんてわかりませんからね」
人生の大半を病室で過ごしただけに達観している。
「ところでてんちょーはどんな未練があって幽霊になったんですか?」
「いや、それが分からんのだよ。妻は死別して長いし、息子は家を出たしなぁ」
「まぁ分からないならここで幽霊お悩み相談室を続けながら考えたらいいのではないでしょうか」
「そうだな、俺も成仏できるように頑張るか…」
こうして幽霊の出る居酒屋、もとい幽霊お悩み相談室はつづく。
居酒屋怪奇譚 五十嵐 @igarashirai
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