贖罪の可能性
秋乃光
選択の末路、善性の在処
「もふもふさん、久しぶり。元気?」
嫌味?
「誰かさんのせいで治るのが遅くて、元気じゃあないな?」
「……うわあ! 痛そう!」
痛そうじゃなくて痛い。地獄界に突き落とされてから、生傷が絶えない。昔はこうじゃなかったのにな。
「何をしに来たんだ、」
鬼たちに虐められる地獄界から引き上げられ、縄で縛られてから、懐かしい場所に連れてこられた。
ここはかつて、オレがこの姿からオオカミ――白くてもふもふの大きな犬の姿に変えられた場所。人間の姿に戻る条件として、当時小学五年生だった
この命令を下した、善良な人間を弄ぶ女神サマ(を名乗る宇宙人)は、この空間を『第四の壁』と呼んでいたっけか。
「鏡文月」
オレが人間界で最後に見た姿から、見た目は一切変わっていない。つまり、オレが最期にかけた呪いは、まだ解けていない、ってことだ。ざまあみろ。あの忌々しい二〇一一年十二月二十一日から、どれだけの時間が経ったのかは知らないが、
「今は
「桐生? ……へえ」
鏡、改め、桐生文月の近況はどうでもいい。呪いを解かないかぎり、文月は不死身だ。病を患うことはない。けがを負ってもすぐに治る。
「うん。
「ああ、そう。今いくつ? 仕事は何してんの? ヒモ? アイス屋の副店長?」
文月自身がこの呪いをどう受け止めているのかはさておき、
「もふもふさんが戻ってきたら、わかるよ」
「あ?」
「わたしは、もふもふさんを連れ戻しに来たの」
「なんで?」
文月ごときにそんな権限はないだろう?
もしや、過去のオレの所業を知らない――わけないよな。どうせ
「わたしは今、おじいちゃんの『シックスティーンアイス』の二代目オーナー。だけど、こわいお客さんが来ちゃったときが心配なの。もふもふさんには白くてもふもふの大きな犬として、看板犬兼番犬をしてほしいなって」
「は……?」
「ダメかな?」
「どのツラ下げて言ってんの?」
ちゃんとアイス屋を継いだのはいいとしよう。夢が叶ってよかったな。
だが、その提案は、虫が良すぎる。オレを裏切ったのは文月なのに、同じ口でオレを呼び戻そうたって「はいそうですか」とついていくわけがない。
「もふもふさんって、意地っ張りだよね」
文月は眉をひそめた。オレに断られたのが不服か?
「相手の立場でものを考えてみろよ。オレがこうなったのは、文月のせいだろう?」
「そうかな? 逆恨みじゃない?」
「文月はオレではなく、侵略者を選んだ。オレを選んで、侵略者を倒すべきだったのに、文月はころっと騙されやがって」
「どちらを選んでいたにせよ、あなたの罪は帳消し、とはならないよ? それこそ『虫が良すぎる』んじゃないかなあ」
「オレが何をしてきたかわかっているのなら、なんで連れ戻そうとする? また繰り返すとは思わないのか?」
オレはオレの所業のために、地獄界に突き落とされたのではないのか。過去の罪を、被害者と同じ痛みを味わいながら償えって話だろう?
「もふもふさんは、もう一度利用してやろうとは思わないの?」
「ふざけるな!」
「つらくて苦しい場所から、脱出できるんだよ? 白くてもふもふの大きな犬になって、みんなから可愛がられて、大好きな甘いものだってもらえる。最後にまともな食事をもらえたのって、いつ?」
「オレは文月を信じない」
「もふもふさんは『文月はオレがいないと』って言ったじゃない。そうかも、と思って、わざわざ来てあげたのに。残念」
文月はあからさまにため息をついた。もう演技する気がないんだな。あのアッティラとかいう宇宙人のほうがまだ上手い。俳優の『
「ホンモノの文月なら、オレに貴虎の話を振られたら、ニコニコしながら近況を話してくれるだろうよ」
「わたしは文月だよ。名字は桐生になったけど、文月であることは変わらない」
「詰めが甘いんだよ、女神サマ。文月はこの人間の姿になったオレをもふもふさんとは呼ばなかった」
白くてもふもふだから、もふもふさん。だから、毛皮のないこの人間のオレは、もふもふさんではない。
文月は人間の
もふもふさんであった頃のオレは、文月を支えなくてはならなかった。そうでないと、元の姿に戻れない、と信じていたからだ。オレは我慢していた。心にもない言葉をかけて、励まし、信頼されるように。女神サマの言葉を鵜呑みにしてしまったのが、オレの最初の躓きだったな。
文月はオレを優しい人間だと思い込んでいただろうが、オレは文月を利用していただけに過ぎない。思い通りにはいかなかったが。
「……バレちゃった」
贖罪の可能性 秋乃光 @EM_Akino
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