おはようございます。
先日公開した第5回山羊座文学賞参加作品の『Q.理想的な最後の一日の過ごし方は?』に多くのレビューをいただいております。
https://kakuyomu.jp/works/2912051597562656693
とっても嬉しいです。
ありがとうございます。
脳内で「わーいやったー。みんなでいっしょにわっしょいわっしょい!」と小躍りしたり「こんなんなんぼあってもいいですからねー」とニコニコしていたのですが、脳内で言っているだけでは感謝の想いが伝わらないので近況ノートを書くことにしました。
あと、レビューには個別のお返事ができないのでこの近況ノートを以て返信とさせていただきます。
https://kakuyomu.jp/user_events/2912051598180648472
真白透夜さんが主催の第5回山羊座文学賞はこちらです。
なんと本日までなので今日中に一万五千字以上を錬成してください。
今回はカクヨムコン【短編】の落選作品のリサイクルも参加可能になっているそうなので「文字数あればこのエピソードもっと深掘りできたなー」という箇所を書き足すといいと思います。
以下、ネタバレありの今作の振り返りです。
前々から自分は今回の山羊座文学賞には参加を表明していて、一応、温めていたネタはありました。
きょうじゅさんが主催の第八回偽物川小説大賞の応募作の『オフィーリアの沈殿』という作品があるのですが、初期案はこの作品の亜種を書こうとしていました。
スピンオフではなく、講評を踏まえての改稿版みたいなものを想定していました。
そこから『Q.理想的な最後の一日の過ごし方は?』に切り替えたのは、都市伝説的なものをやりたくなったからです。
コミカルな死神さんは、文字通り「約束された時刻の死」をもたらすものであり、生ある者に必ず訪れる『おしまい』の可視化であり、創作における創作者そのもの(登場人物を生かすも殺すも、創作者のプロット次第であり、作品の登場人物たちはそのプロットを見ることはできない)、なんだと思います。
なんだと思います、と断定しないのは、書き上げた時の自分と今この近況ノートを書いている自分とは(地続きではあり、同一人物だけど)別の存在だからです。
死をすんなりと受け入れているのは、この作品世界では『死神』の都市伝説が若者を中心に広まっているからですね。
おそらく『僕』に似た境遇――死神が目の前に現れた故人が書き残した記録があるのでしょう。
という、前提となる世界観があります(喫茶店でのKとの会話で開示される部分です)。
独白の部分が多いのでちょっと伝わりにくかったかも。
運命に抗うべし、と思う人もいるかもしれません(このタイプの人にとってはもしかしたら退屈な話なんじゃないかと思います)。
紹介文で『どくさいスイッチ』とデスノートについて触れていますが「零時まで死なないんだから死にそうなことなんでもやってみようぜ~」と試してみる没案もありました。
この場合の『僕』はファンキーな人物になっていたと思います(物語のトーン的に違うので、電車に轢かれるのを想像するくだりで相殺しました)。
Kは男性のつもりで書いていましたが、そういや特に外見などは書いていなかったのでわかりにくいですね。
『僕』は同級生のかわいいとされている女の子のくだりにあるように、人の外見を気にしないタイプなのでしょう。
周囲の評価を聞いてああそうなんだな、って思っているぐらいなので……。
Kの推し活のくだりはわたしのドルオタ時代の記憶が反映されています(推しが卒業したのでもう現場には行ってません)。
タグに『モキュメンタリー』と入れたのは、前回の近況ノートにあるように「じゃあこの文章って誰が書いているんだろう」という疑問からです。
掲示板形式でもニュース記事でもなくてすみません。
きっと死神が書いているんでしょう。
死神の存在を広めておいた方が仕事しやすいでしょうからね。
みなさまから好評なので、ちょっと改稿してとある場所に提出したいと思います。
の、前に連載の続きを今日こそは書きます……。
(昨日は頭が痛すぎて無理だった)