神頼み異世界戦記

@TFR_BIGMOSA

第1話 転移

 西暦20XX年──日本列島は突如として謎の光に包まれ、世界ごと異世界へと転移した。海の向こうは無限の大陸、空を舞うのは翼竜の群れ。

 しかもその竜たちはただの生物ではなかった。


 帝国と呼ばれる大国は、F-22ラプターに匹敵する飛行性能とステルス性を備え、さらにSu-57以上の火力を持つ「エルダードラゴン」を数百騎単位で運用していた。

「従騎士」の操るレッサードラゴンですら、F-15JやSu-27に匹敵する。


 航空自衛隊は、辛うじて国産化に成功していたF-35を主力としたが、戦果は惨憺たるもの。

 キルレシオ1:5。

 しかも、AAM-4空対空ミサイルはエルダードラゴンをまるで追えず、MAWSは火球魔法の接近を認識できない。

 日本列島は、異世界の空で完全に制空権を失っていた。



 だから、それは必然でもあったろう。

「もう神に祈るしかない……」

 絶望した防衛省の一部部隊が、非常識な作戦を立案した。


 近所の神社からお札をかき集め、レーダーとミサイル、さらにはMAWSにまで貼り付ける。

 全国の寺院には絵馬を奉納し、空自部隊は祈祷を受ける。さらには陸自地対空ミサイル部隊も、海自イージス艦も。



 駐日米軍の将校たちは口を揃えて叫んだ。

「止めろ! 君らは、君らがどれほど信心深いのか分かってない! 戦争に勝てても、社会が崩壊するぞ!」

 しかし、誰も聞き入れなかった。背に腹は代えられない。


第三章 奇跡


 翌日、編隊を組んだエルダードラゴンが北海道上空を侵入。

 空自のF-35が迎撃に向かう。


「管制、奇妙なことを報告する……レーダーにドラゴンが映ってる!」

「まさか……!?」

「AAM-4、ロックオン……FOX,1!」


 これまで絶対に追尾できなかったミサイルが、ドラゴンの動きを読んで命中。

 さらに、火球魔法が迫った瞬間、MAWSがかつてない速度で警告を鳴らした。

 戦況は一変した。



 勝利の報は日本全土を震撼させた。

「どの神社が効いたのか」「どの寺の絵馬が奇跡を起こしたのか」──実戦データに基づき、信仰の序列が激変した。


 廃れかけた山奥の祠に、連日数万人が参拝。

 全国の宮司と住職は再び修行に駆り立てられ、神学界・仏教学界は大混乱。

 政府は「宗教的ランキング」を防衛機密に指定したが、SNSで一夜にして流出し、社会秩序は崩壊した。



 帝国は怒り狂い、エルダードラゴン三百騎による総攻撃を宣言。

 これも振り返れば神仏のご加護か、来襲方向は転移前に「注視」していた方向だった。

 しかし、既に空自の戦闘機群は、神札まみれとなり、寺院の加護を背負った“聖戦闘機”へと変貌していた。


 夜空に浮かぶ無数のドラゴンと、神が宿ったF-35が激突する。

 火球とミサイルが交錯し、祈祷済みのECMが魔術通信を妨害、神威を帯びたミサイルが竜を次々と撃墜。

 戦場はもはや科学では説明できない神話の世界へと変わっていく。



 帝国との講和が成立した後も、社会の混乱は続いた。

 ある研究者は語る。

「日本は科学と信仰の境界を越えてしまった。我々はもう元の世界の日本には戻れない」


 しかし、かつての敗北を知る航空自衛隊員だけは、静かに笑った。

「……神様、次はステルス爆撃機もお願いできますかね」



 決戦から一年。

 空自はエルダードラゴンに勝てる空戦術を確立し、制空権を取り戻したが、帝国との戦争は終わらなかった。


 帝国は数十万の魔導軍団を動員し、日本列島の都市を火球と竜騎兵で襲撃。

 もはや防衛戦だけでは終わらない──誰かが帝国の戦意を根本から折る必要があった。


「……なら、これだ」

 こうして始まったのが、海自P-1哨戒機を神仏の加護でステルス爆撃機へと改造する計画だった。


 航空自衛隊、海上自衛隊、と防衛装備庁は全国の寺社から数万枚のお札を調達。


 並行して、これまではテストパイロットスクール以外ではその訓練を受けてこなかった海自パイロットたちが対地爆撃訓練を空自から受ける。

 載せる弾薬も、今や対潜爆弾でもソノブイでもない。ある忌まわしい物質を入れた焼夷弾である。


 緒戦での被害が未だ色濃い日本において「それ」を弾薬に載せることには誰も反対しなかった。


 特に「隠形(おんぎょう)の神」を祀る神社が協力し、P-1はぼんやりと光で包まれた。


 レーダー反射断面積を計測する巨大な施設--野球場ほどもある鉄筋コンクリートの定盤の上で改修されたBP-1を測り終え、技官が呟いた。


「レーダー反射断面積……ゼロだ。いや、マイナスかもしれん」

「だが、それだけでは漫然と同じコースを飛べば撃墜されるぞ」


 さらに実戦によって裏付けられた序列で選ばれた僧侶たちが念仏を唱える。


 BP-1は次々と、その姿がまるで緒戦時のガンカメラに収められたエルダードラゴンのように「ぼやけた」。



 その編隊は前の世界の歴史から見ても80年以上を隔てて姿を現す、軍民問わぬ殺戮を目的とした空中艦隊だった。


 夜明け前、その空中艦隊は帝国の主要都市へと次々に侵入した。


 神仏の加護はこの大攻勢あるいは殺戮にも合力した。


 戦果確認のために飛んだ--これもお札びっしり--の高高度無人偵察機は、焦土と化した帝国の諸都市の映像を送ってきた。



 首都、魔導工廠、竜騎兵基地……

 数十年続いた帝国の覇権は、一晩で焼き尽くされた。



 帝国の民衆は震え上がった。

「北方の島国が神の裁きを下した」と恐れ、宗教は崩壊。

 日本の寺社が異世界で“新たな神”として崇められる。


 一方、日本国内では、どの神社・寺院の祈祷が一番効いたのか再度の混乱に陥った。


 帝国は崩壊し、世界のパワーバランスは一変した。

 周辺諸国は日本を恐れ、交易を望みながらも、どの神に挨拶すればいいか分からず右往左往。


 防衛省幹部が頭を抱えながら言った。

「……なんてこった、日本がこの世界のアメリカになってしまった。しかも、どこと交易すれば良いのかさえ分からないぞ!」



こうして、神仏の加護で軍事超大国となった日本が、異世界の秩序を根本から書き換えてしまう物語が幕を閉じる。


だがあるいは、次の章の幕が上がったのかもしれなかった。

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