第2話 少し先の未来へ
ソニアが信じられないことを言った。僕が男だったらどうするって……。
「ソニアが男? そんな……からかってるんでしょ?」
「なんでだい?」
「だって、マグノリア学園は女子校……女子の施設よ。男子が入れるわけないわ」
フッと笑うソニア。
「僕を雇ったのはレイモンド校長だし、僕は学園側の人間だ。あいつがおかしいのは知ってるだろ?」
「レイモンド校長がおかしいのは、だいたいわかったけど」
レイモンドは、学園で一番の美女に入れ込んでいた。
それにしても、そんなことってある?
体の成長が止まってしまった男性を、女子だけの学園でスパイみたいなことをさせるなんて。
「どう思う? もし僕が男だったとしたら」
「無理よ。女子寮で一緒に生活してたのよ。ばれるに決まってる」
信号で車が停車した。あたしの顔をじっと見るソニア。なんだろう……男かもなんて言われると、確かに少し男らしく見えるのは不思議だ。車を運転しているし、初めて見る雰囲気だからかな……。
違和感の正体はこれなのだろうか?
「意外とバレないんだぜ。思い込みってやつだよ」
「女子寮で一緒に寝泊まりしていたのよ。男だったらいろいろまずいわ」
「ねぇ……まずいよねぇ。まずいことをするのが得意な学園だったけどね」
ソニアは微笑む。なんだか他人事ね。
マグノリア学園での日常を思い出す。学園の少女たちは、みんな距離が近い。すぐ腕を組んだり、抱き合ったりする。あたしもよくやってたわ。
ソニアはどう?
副代表のソニアは、自らスキンシップをとることはなかったと思う。学級代表のジャスミンにハグをされたときも--
「やめろよ、ジャスミン。君、学級代表だろ?」
とか言って距離を取っていた。そもそも、ソニアは休み時間にいないことも多かった。
PE、運動の時間はどうしていた
「あたし、ソニアが更衣室を使ってるの見たことない……」
「使ったことないよ。午前中にPEがあるときは、女子寮から運動着を着て登校してたし。着替えは空き教室を使ってた」
「なんでそこまで? 恥ずかしかったの? それとも違う理由?」
「さぁね……」
ソニアは煙草の吸い殻を、運転席にある灰皿に入れた。
「もう! わかった。体を触らせて!」
らちがあかない。あたしは運転中のソニアの身体を触る真似をした。
「やめろよ、事故るよ!」
「じゃあ、どこかで休憩して。トイレに行くソニアについて行くから」
「嫌に決まってるだろ」
「じゃあズボン下ろして」
「エミリー……変態だったのかい?」
ムッとしてソニアを睨む。
「どっちが変態よ。女子の入ったお風呂に、いやらしいこと考えながら入っていたの? お風呂上がりの薄いシャツ一枚の女の子を見て、興奮していたの? 捕まっても知らないわよ」
あたしが捲し立てるとソニアは苦笑いをした。
「……じゃあヒント。僕の恋愛対象は男性だ。だから君たちに興奮したり、抱きしめたいなんて思わないんだ」
「それは本当ね?」
「ああ。本当だ」
今のは何がヒントなんだろう? あたしはくせっ毛をくるくると指で回した。もどかしいときや、
「男性が恋愛対象……ってことは、あなたは女の子だわ」
そう言って、ハッとした。あたしは女の子だけど、女の子が好きだったじゃない。ステラに恋をした。少しの間だったけど本気だった。それにあたしは男子が苦手だし。
思春期って同性にシンパシーを感じることもあるのよ。
「男子が恋愛対象なら、普通に考えてソニアは女の子。でも……そうとも限らない。ソニアは男で、男の子を好きなのかも。同性愛ってこと?」
「そうだ」
「だとしたら、かなり複雑だし……なんだか悲しいわ」
「なにが悲しいんだ? 君たちと同じだ」
ソニアは怒ったような、少し強い口調。
「そうじゃなくて……男の子が好きなのに、無理して女子寮で女の子たちと過ごしていたのよ。辛くないの? 女の子の格好をして」
「先生の中には男性もいたよ」
「そうだけど……」
ソニアは淡々と呟いた。
「体の成長が止まった男は、女学園で女の子のフリをして過ごし、恋愛対象は男……確かに女の子が好きだったら天国だったな」
「もう、なにがなんだかわからないよ」
あたしが頭を抱えると、ソニアは笑った。
「ソニア、大丈夫なの? まだマグノリア学園にいるの? それと学園はどうなるの?」
「レイモンド校長の方針に僕らは逆らえなかった。だから処分はほとんどない。僕もいろいろ引き継いでいてね、忙しいよ」
「え? ソニアが校長になるの?」
「まさか! 僕は生徒を続けるよ。今の生活が嫌いじゃないんだ。みんなと一緒に過ごしていきたいんだよ。今のところは」
「そうなの?」
「ああ。学校の教育方針は変わる。催眠療法は徐々に止める。自分のしたことと、向き合うようにしないといけないよ」
そりゃそうよと思ったけど、あたしは黙って頷いた。
「まりかとスーザンはどう?」
「あの二人はとても元気さ。4階のドーム型の屋根裏部屋で、仲良く楽しそうに過ごしているよ」
「よかった…………あっ! 見てソニア」
あたしは左前方を指差した。
光輝く空色、ターコイズブルーが目の前に広がる。奥は濃いコバルト色だ。太陽でキラキラと輝いている。
「すごい! 海よ、海! 綺麗」
「あぁ……もうすぐ着くよ。アマンダによろしくな」
「え? ソニアもアマンダに会っていきなよ」
「まぁ……僕も忙しくてね」
「アマンダに聞こうっと。ソニアは男かどうかって」
あたしはニヤッと笑う。
「エミリー、それはダメだ。ドライブ中の極秘情報だ」
「なによそれ……」
「ここだけの話だ」
もう……まぁ、どっちでもいいかな--
「どっちにしてもソニアはかっこいいわ。女でも男でも、好きなのには変わらない」
「ありがとう。ずっと学園では警戒されてたけど、そう言ってくれるのは嬉しい」
車は大きくカーブをし、街中に入った。ソニアは少し速度を落とした。
ソニアの運転はとても乗り心地良くて、ずっと乗っていたいと思った。
「じゃあ、次にエミリーに会うときまでの謎だな。そのときに打ち明けるよ。そのときまで元気でいろよ」
ソニアったら、先生みたいな台詞。あたしは小さく頷いてみせた。それが精一杯。涙が出そうになった。
それを知ってか、ソニアはあたしの頭にポンと手を置いたの。
あっ……。
急に胸が締めつけられた。
必ずよ。必ずまたソニアに会うからね。そうあたしは心に誓った。
もうすぐ新しい学園に到着する。
今度は明るい昼間のうちに。
あたしはアマンダと強く抱きしめ合うだろう。新しい仲間たちは、きっと笑顔で迎えてくれる。
そんな少し先の未来を想像した。
おわり
◇ ◇ ◇ ◇
こちらは短編として独立させてみました。
長編ミステリのスピンオフなので、よかったらこちらの長編もどうぞ↓
「クリスティーナのコト」
エミリーがマグノリア学園にやってきた夜が書かれております。↓
https://kakuyomu.jp/works/16818622172201260185/episodes/16818792437260829712
ソニアとドライブ うみたたん @motodaaa212
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