月からキミを思う

獏麒

第1話

−月が綺麗ですね−



そんなことを言っていたのは誰だったか

とんと思い出せない。


というよりも、これは俺の記憶じゃない。

別の誰かの記憶だ。

遠い世界の、遠い星の

こんな地獄みたいな場所じゃない

もっと綺麗で、自由で、豊かな星の。



いつからか、変な記憶があった。

体験したことないのに

そんな世界じゃないのに

誰かの記憶を追体験しているような。



そのどれもが、幸せそうに笑っていた。

今の自分の境遇にはそぐわなくて

使える知識としての記憶でもなくて

それに酷くイライラしていた。



月はいつも空にあって、何も助けてくれない。

自分だけが唯一自分を裏切らない



今日もこの地獄の様なスラムで残飯をあさる。

一日一食何かを食べられれば御の字で

三日間食べられないこともざらだった。



ただ、水だけは豊富にある。

安全かどうかは別として。

工場の巨大な排水パイプの側は俺らにとって人気のエリアだ。

日陰で、パイプに水が流れてるから

夏はそれなりにぬるくて

冬はそれなりに暖かい



いつも、いつでも

奪い合い、傷つけ合い

力だけが正義だった。



そんなある日のことだった

不思議な女が現れた。

俺らと同じ様に見窄らしい格好をしてるくせに

俺らみたいな野良犬に似た目はしていなくて



せっかく見つけた食べ物を

分け与える様な

この地獄じゃ真っ先に死ぬはずの

お人よしだった



そんなお人よしは食い物にされるのが当たり前だった。

隙を見せたやつから食べ物を奪われ、寝床を奪われ、性別に関係なく襲われる。

そんなはずなんだ



なのに、その女は上手く敵をよけ

ときに戦い、生き延びていた。



いつのまにか、女の周りに

人が集まっていた。

時折り、笑顔で過ごしているやつらも増えた。



ある日、ふと聞いてみた。

自分も食べてないのに、どうして周りに施しをしているんだと

何で話しかけ、聞いたのか自分でもよくわからなかった。

きっと、いつもの誰かの記憶に引っ張られてたんだろう。



そいつは答えた。

「施しているわけじゃないわ。

私が本当に困ってる時は

きっと誰かが助けてくれる。

その為の種を植えてるの。」


俺には良くわからなかった。

今まで周り全てが敵で、裏切る奴、攻撃してくる奴ばかりで、助けられたことなんて

一度もなかったから


そいつは続けて答えた。

「こんな場所だけど

こんな場所だからこそ

笑って、希望を持って

丁寧に生きるの」



それから、なんとはなしに

そいつを手伝うようになった。

一緒にご飯を探して、

自分より小さい奴らに分け与えて。



いつの間にか

集まりは群れになって

コミュニティが出来ていた。

俺もたまに笑って過ごせるようになった。



野良犬はヒトになった。

月は変わらず浮かんでいて、助けてくれることもないけれど

仲間が出来た。



頭に浮かぶ誰かの記憶とも

前より上手く付き合えるようになった。

あの言葉の意味はまだわからないけれど

そいつは言っていた。

「月は何もしてくれないけど、見守ってくれてるのよ。優しい光で、周りを元気にしているの。

亡くなった人の魂は月にいって、月から私たちを見守ってくれてるの。

だから月は綺麗なんだよ。」



それから季節が巡って

俺らは大きくなった。

力も増えて、出来ることも増えた。

そいつはより女らしくなっていた。

その頃には常に一緒に行動していた。



ある日、マフィア同士の大規模な抗争がおきた。

銃弾が飛び交い、大勢死んだ。

スラムも巻き込まれた。

コミュニティも巻き込まれて、何人かが死んだ。

そいつは悲しんでいた。

俺は、巻き込まれたんだから仕方ないと思っていた。



抗争が酷くなっていく。

この辺のスラム全部を巻き込んで

どんどん拡大して、どんどん死んで

そいつは毎晩泣いていた。

月を見て泣いていた。

「キミは死なないでね」



何故だか、怒りが沸いた。

強くなったと思っていたのに、この状況で何も出来ないことに。

昔と同じように、只々逃げ隠れるしかない状況に。

何より、そいつが悲しみ続けている状況に。



それから、俺はまた一人になった。

仲間の少なくなったコミュニティを離れ

野良犬に戻った。



どうやったら抗争を止められるのか。

足りない頭で、必死に考えた。

マフィアを全滅させればいいと思った。



それから、狙って、殺して、逃げて、また狙って。

いつしか狙われることが増えてきた。

マフィアの間で狂犬と呼ばれていることを知った。



抗争はいつの間にか収まっていた。

その代わり、一度入った暴力の世界から

抜け出せなくなっていた。



昼も夜も狙われ、生き残るために殺し

襲われる前に襲った。

もう限界に近かった。

心は擦り減り、人には戻れないと思った。



ただ最後にあいつにもう一度だけ会いたい。

そう思うようになった。




この世界は、力だけが全てで

隙を見せたやつから食われる世界だった。



その夜は月がいつもより大きく、綺麗に輝いていた。


ーーパァン!ーー


「ようやく狂犬を殺したぞ!クソッタレ!」

「若頭の、ファミリーの仇だ!」



あぁ、力が抜ける。

地面に沈み込むように仰向けに倒れる身体。

視界に月が広がる。


命が消えゆく感覚を味わいながら、記憶の言葉が浮かんでくる。

あいつと月が重なった。

意味は最初から知っていた。

ただ理解出来ていなかった。


ーー人を想う心ーー



「はっ…こんなこと…してないで

そばにいて……伝えて…おけば…

月が綺麗ですね…って……」


願わくば、魂よ

月に上りて

キミを想う

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月からキミを思う 獏麒 @yoshiak47

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る