継ぎ接ぎの空

脳幹 まこと

継ぎ接ぎの空


 朝はまず、コーヒーを淹れるのが日課だ。豆を挽くときの香りが、まだ半分眠っている頭を優しく揺り起こしてくれる。

 お気に入りのカップに丁寧に、お湯を細く注いでいく。黒い粉がふっくりと膨らむのを眺めていると、心が静かに満たされていくのを感じる。

 今日もまた、穏やかな一日が始まりそうだ。


 ベランダへ出て、小さなプランターのハーブに水をやる。

 朝露に濡れてきらきらと輝く葉に指でそっと触れると、青々しい香りがふわりと立ちのぼった。なんて愛おしい光景だろう。このささやかな営みの繰り返しが、毎日を形作っている。


 それにしても、やかましいカラスだ。

 けたたましい声で鳴きながら、電線の上からこちらを見下ろしている。ああいう、媚びない目は嫌いじゃないが。


 午前中は、近所の公園まで散歩に出かけることにした。木漏れ日がアスファルトの上に揺れるのを眺めながら、ゆっくりと歩を進める。

 ベンチに座って本を読むおじいさん、砂場で遊ぶ親子。

 なんて平和な光景かしら。心も、その風景に溶け込んでいくようだ。まったくくだらない感傷。生命なんてそこにあるクズカゴの中身程度のものだろう。


 公園の帰り、角にあるカフェに立ち寄った。注文したのは、いつものブレンドコーヒー。深いコクと柔らかな酸味のバランスが気に入っている。窓際の席に座り、ぼんやりと通りを眺める。

 店員さんが砂糖とミルクを持ってきてくれた。嬉しい。余計なお世話だ。ブラックでしか飲まない。お前は本当に、退屈で甘ったるいものが好きだな。到底理解できない。仕方なく、それをテーブルの隅に押しやった。視界の端で、カップを持つ指がやけに白く、華奢に見えて腹が立つ。


 夕暮れ時、茜色の光が部屋に差し込んできた。

 なんて綺麗なんでしょう。本当に幸せなことだ、どうせすぐに闇に飲まれるだけなのに。この燃えるような赤はすべてを焼き尽くして、また希望に満ちた明日が始まるだけだ。でも、壁に映る影がいつもより少しだけ優しく見えた気がして、胸が温かくなる。馬鹿馬鹿しい、所詮ただの影じゃないか。指先が少し震えているのは、きっと冷えてきたせいだ。そうだ、そうに決まっている。この穏やかな気持ちを、みんなに伝えたい。壊したい。いやだ、乱されたくない。この実感は本物だ。うるさい、黙れ。心が、軋む音がする。


 夜、洗面台の前に立つ。

 鏡に映る顔は知らない顔だ。あるいは、ずっと前から知っている顔だ。


「おやすみ」


 どちら様?

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