超日本クトゥルフばなし
日暮奈津子
超日本クトゥルフばなし
むかーし。
ムテキング松木っちゅうのがおった。
なんやめっちゃ強い
え? なんでローラースケートなんやって?
……せやなあ、あんたら若い人らは知らんやろうけど、ムテキングっちゅうたらローラーヒーローなんじゃけえ、自分の作品ぐらいはローラーヒーローさせたいやんかあ。
そんで今日も駅前大通りをローラーヒーロー♪ ローラーヒーロー♪ て歌いながら滑っておったら、なんと!
目の前で! 子猫が路面電車に轢かれそうに!!
うわああああ! ぬこがあぶにゃああああああああい!!
ムテキーーック!!
……ちゅうてムテキング、路面電車を飛び蹴りでぶっとばして子猫を助けてやったんじゃ。
子猫、ムテキング松木にこう言うた。
「あぶにゃいところを助けてくれてありがとにゃん。その強さを見込んで頼みがあるにゃん」
「おお、ぬこ。なんでも言うてくれ」
「実はミャーは、ウルタールの猫にゃんが、かたきうちのためにここに来たにゃん。ミャーの両親は、
「なんじゃとぬこおおおおおおおおおお!! ぬこ殺しだけはこのムテキング松木絶対許せんにゃああああああ!! よっしゃ分かった。ぬこ両親の仇、ワシが必ずとったるにゃん」
「話が早くて助かるにゃん。では早速、陰棲へ……ううっ」
けれども仇討ちのつらい長旅で、子猫の体はズタボロじゃった。
「ぬこよ、無理せんでええ。仇討ちはワシ一人で充分じゃけん、お前はここで待っちょけ」
ムテキング松木はそう言うて、駅前に立っとった桃太郎の銅像に子猫を預けた。
桃太郎はよっしゃよっしゃ言うて、子猫をイヌサルキジに継ぐ四匹目の家来にしてくれたんじゃと。
「ではムテキングさん、これを」
別れ際に子猫、ムテキングになんや奇妙に赤黒く光る小さな宝石を手渡してくる。
「おっ、綺麗やんな。ワシにくれるんか」
「ミャーの代わりに持っていって欲しいんにゃ。この輝くトラペゾヘドロンは混沌に支配された
……今なんか不穏な発語しなかったかこいつ。
ま、いっか。
さて、では
けど、
じゃけん、バス案内所行って聞いてみたら、
「
て教えてくれたんじゃ。
で、バス乗り場の一番端っこの宇野バス乗り場へ行ったら、ちょうど「陰棲行き特急」って行き先表示のバスが来とったけん、乗ったんよ。
ほしたら、これがまたあんた知っとるで?
じゃけえ、ムテキング松木の乗った特急バスもまず伝馬屋へ行ったんよ。けど、お客はムテキングしか乗っとらんかった。伝馬屋のバスステーションに着いても、他の乗り場にはお客さんがずらっと並んでバスを待っとるのに、
お客がムテキングしかおらんけえ、運転手も黙って運転しとったんじゃよ。けどなんでか知らんけどムテキング、妙に車内が魚臭いような気がしてきた。まあでも運転手さんがお昼に回転寿司の食べ放題でも行ってきたんじゃろ思とったん。でもな、
それでも最初はムテキングも「知らない人のことをあんまりジロジロ見たらいけません」てお母さんに言われとったのを守って、ずっと窓の外ばっかり見とったん。じゃけど、さすがに自分の隣の席に座った客からバス酔いが悪化するぐらいの
……うわっ。ちょ、えっ、これヤバない? いやどう見ても人間じゃなくね? 目と目が左右にすげえ離れてついてて鼻は潰れてぺちゃんこだし薄ーい唇が横に広がって……ってか明らか半魚人。ほらあれだ、クトゥルフ神話とかいうのに出てくる「深きもの」とか「ディープワン」とかいうヤツだろこれ。だってさ首のシワに紛れてっけど、あれエラなんじゃね? ……あ、そっかー、そもそも
思わずキョドるムテキング松木に、隣の客が「んん?」みたいに気にし始めた。まずい! こんな状況でワシが普通に人間だとバレたら何をされるか分かったもんじゃねえぞ。よし、ここは……。
ムテキチェーンジ!!
たちまちムテキングの姿形は隣の半魚人とそっくりに!
そう、改造人間ムテキング松木は、その能力で自分の外見をわずか0.01ナノセカンドで自在に変化させることができるのだ!
隣の席の客は、どうやらムテキングのことを自分と同じ半魚人だと思い込んだようだった。安心したムテキングはそいつに、
その客が言うには、猫捕りジジババは陰棲町にある唯一のホテル『ギルマンハウス』のオーナー夫婦なんじゃと。おまけに、今夜はそこでダンスパーティーがあるから一緒に行こうぜ! と誘ってくれおった!
……しめしめ、目指す仇は簡単に見つかったし、パーリーピーポーの半魚人にまぎれてサクッと天誅すれば討伐クエスト達成だぜ!
終点の
……なので、まるで彼らを恐れてでもいるかのように物影に隠れた人物の存在には気づかなんだのじゃよ……。
ギルマンハウスはホテルという程のものではなく、まあせいぜい大きめの民宿といった感じの二階建てじゃったが、一階の広いホールは既に大勢の半魚人らでいっぱいじゃった。どこか調子外れな音楽がガンガン流れておって、お客はイアイア言いながら妙なテンションで踊っておった。相変わらず奴らは魚臭くて、こりゃあまさしく寿司詰めのニオイだなあとムテキングは思うた。
さてそのパーティーだが、一緒に来た半魚人が言うには、オーナー夫婦の孫の誕生日祝いなんだと。
「それが妙なのさ。その孫の母親がオーナー夫婦の一人娘なのは確かなんだが、子供を産んですぐ死んで、結局孫の父親が誰かはわからんらしい。なのにオーナー夫婦はそれを気にするどころか『孫の父親の名は、あんたらは知らん方がいい。聞いたらびっくりするようなお方だ』と言うばかり。おまけにその孫はもう十六歳になるってのにギルマンハウスの二階にこもり切りで、誰も姿を見たことがないんだ」
……ええー。なんかそれヤバそうなんでは? とムテキングがこっそり思っておったところへ、いかにも年取った風体の半魚人ジジババがステージに立った。
「
おっ、あの二人が子猫の親の仇か! よーし、ヤバいことになる前にさっさと
突然、ダンスホールの天井がギシギシミシミシと妙な音を立て始めおった。
お客らがざわつくと、オーナーのジジイとババアは、
「ああ皆さん、ご心配なく。うちの孫ときたら異常に発育がよ過ぎてすぐ暴れますのじゃ。これこれ孫や、静かにおし」
などと言いつつ二人してマイクスタンドで天井をごんごんと叩いたら。
どかーーん! とド派手な音を立ててダンスホールの天井が崩れ落ち、猫捕りクソジジイとクソババアの二人はムテキングの正義の鉄拳を受ける前にあっさり瓦礫の下敷きになってしもうた。
あまりの出来事に頭も身体も完全にフリーズしてしまった半魚人たちとムテキングだったが、まあそれも無理なかったじゃろう。
だって、天井突き破って瓦礫とともに二階から落ちてきたはずの「孫」とやらは、確かに誰かが言っていたように姿形がまったく見えんかったのだ。
それなのに瓦礫をガラガラと押し退けて迫り来る「孫」は、ダンスホールにひしめく半魚人どもを目には見えない巨体でひしぎ潰し、ばくばく喰い散らかしては不可視の体内へと次々に消化吸収しておる。
そうして、そいつはムテキングの前で叫んだ。
「いあ! いあ! ち……ち、父上! 我が父上ヨグ=ソトースはいずこ!」
……おいおい十六歳にもなって急に父親が恋しくなったのかよっていうか、やっぱこれクトゥルフ神話で有名なラヴクラフトが書いた『ダンウィッチの怪』のパクリじゃねーかよ!
インスマスの住人とヨグ=ソトースの合いの子とかダメゼッタイ!!
ムテキングは脱兎の如く逃げ出そうとしたが、恐慌状態に
……あっ! そうか、今こそあの子猫がくれたアイテムの使いどころに違いない! お願い助けてトラペゾヘドロン!!
天啓キター! とばかりに子猫からもらった輝くトラペゾヘドロンを取り出すと、ムテキングは頭上高くに掲げた!!
たちまちあふれる神秘(?)のちかーらー♪
ゆけーゆけー勇者ー! ムテキーング! ムテキーング♪
ダンスホールに流れる昭和アニソン替え歌とともに、ムテキングは! なんと! 半魚人の姿から元の人間に戻った!!
「ああっ! こいつ、人間だ!」
「なんだと! 俺らになりすましやがって! お孫様がお怒りになったのも、お前のせいに違いない!」
半魚人ども、逆上してムテキングに襲いかかってくる!
「ちょ、おま、そんなこと言ってる間に孫に喰われ……、まあいいか。どうせこいつらを助ける義理なんてねーしなー。オラどけどけどけー! ムテキング松木様に手向かいするとはどこの魚人じゃー!」
ギルマンハウスを脱出して
「Oh…アナタ、半魚人ジャナイ! 人間デスネ!」
物影からムテキング松木の前に現れたのは、若干くたびれてはいるがきちんと仕立てたスーツを着た紳士。
「私、アーミテイジ教授ト言イマス。あめりかノまさちゅーせっつ州あーかむカラ来マシタ」
「お、おう。なんかそれ聞いたことある……。あっ教授、もう面倒くさいんで普通に喋っていいから」
「アッハイ。それで私、ミスカトニック大学からフィールドワークに来たんですが、半魚人に追いかけられて、ずっと隠れてたんです。ああ、やっと人間に出会えた……!」
「ああー! さっきバスタに着いた時に物影にいたのってあなただったのね〜。そっか、あの時はワシも半魚人の姿だったから……」
ってことは、輝くトラペゾヘドロンがムテキングを人間に戻してくれたのは子猫の言ってた通りお導きだったんだ! ありがとうトラペゾヘドロン!
「だが教授、実はカクカクシカジカという訳で、いずれここも危なくなるだろう。早く何とかしなければ……」
「大丈夫ですムテキングさん。我々にはこれがあります!」
アーミテイジ教授はそう言って、ムテキングの前に差し出した手を開いた。
その手の中には、銀色に光る小さな鍵が――。
「おおおおー! 銀の鍵だー!!」
ムテキング、目ん玉ひんむいて驚いた。
「すっげー! またしても有名なアーティファクトktkr! これってあれでしょ? あのラヴクラフトが自身を投影して書いた小説の主人公ランドルフ・カーターが持っていたっていう
「いえ、このバスタ
ズコー。
ムテキング松木、キレイにずっこけた。
「てめえこの状況で」
「あっ痛い痛いやめて襟首くるしい息ができない死ぬ死ぬいや違うんですだからとっておきのマジックアイテムがそのロッカーに」
「それ早く言えよ」
教授の襟首ぽいっと捨てて、代わりにムテキングはロッカーの鍵を奪い取る。
「で、アイテムって何? あのヨグと魚人の合いの子、巨体で怪力なのはワシのムテキングパワーでなんとでもなるが、姿形が見えねえとなると……」
「それです」
乱れた襟元を整え、キリッとした教授が言う。
「……イヴン=ガジの粉。それを振りかけることさえできれば、ヨグ=ソトースの不可視の能力は即時に消え去ります。私一人では近づくことさえできませんが、ムテキングさん、あなたならば……!」
「おおおおお!! まじでえええええ?! それアンタが手に入れてロッカーに入れてくれてたっての?! もうねえ早く言ってよそういうのさああああ!」
ムテキング、早速その鍵でコインロッカーを開けてみた!
中に入っていた紙袋には白と黄色のパターンが印刷され、こう書いてあった。
『ニップン ハート薄力粉』
「お……ま……」
もう一度ムテキング松木はアーミテイジ教授の襟首つかみ直してガクンガクン言わした。
「ちょっとおおおおおおお教授これどう見ても小麦粉ですよねえええええええスーパーの特売で一キロイチキュッパとかであるヤツですよねいや最近小麦粉も高いから大変ありがたいですけどおおおおおおお」
「いあいあ何を言ってるんだねキミこれこそ間違いなくイブン=ガジの粉だよ」
首が折れそうになるほど揺さぶられてるのに教授の声は冷静で、なのにやっぱりその欧米人特有の青い目は妙にぐるぐるしちゃってて。
……あー。やっぱだめだこいつ早くなんとかしないと。
再び教授をぽいっと捨てて、でもムテキング松木、ロッカーの中身は曲がりなりにも食べ物だから粗末にしちゃ駄目だよねっ! とばかりに引っ掴んだ。
と同時に。
またしてもけたたましい音を立てて、バスタ
「……是非も、無し。」
ピッチャー、ムテキング松木。第一球をおおきくふりかぶってええ、投げた!
南無八幡大菩薩、天照大御神、鹿島大明神、香取大明神、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、南無大師遍照金剛、かけまくもかしこきひむかの黒馬とっつぁんはえらい!!
この粉、外させたまふな!!
よっぴいでひょうど
ムテキング松木が放り投げたハート薄力小麦粉は狙いあやまたずヨグ=ソトースの落とし子にぶち当たった!!
「うごごごご……ご……! ……??」
……いや別に
ただ、小麦粉がかかって姿形が見えるようになっただけだし。
だがそれこそが、好機だった。
「そこだあああああああっ!!」
間、髪を入れずムテキング松木の熱い拳がヨグ=ソトースとインスマスの半魚人との許されざる混血の
「い……いあ、だ、だがラピュタもといヨグ=ソトースは滅びぬ……。必ず第二、第三の」
「だったら何だ」
「何度でも、何度でもワシの前に立ちはだかるがいい。その度に、ワシはこの正義の拳を貴様に叩き込んでやるのだからな……!」
「い……あぁぁ……ちちうぇぇ……」
ぐずぐずと、この世ならざる次元に由来するモノの血筋を半分受け継いだ不浄なる不可視の身体が崩れ落ち、溶け去っていった。
「ふう……」
ムテキング松木は大きく息を吐いた。
「おお……!」
すべてを見ていたアーミテイジ教授の瞳に理性の光が戻った。
「さすがです、ムテキングさん! あなたはやはり私の見込んだ方だ! 私が手に入れたイブン=ガジの粉があったとは言え」
「いやだからあれただの小麦粉」
「素晴らしい! これで
喜びに顔をほころばせ、手を差し伸べるアーミテイジ教授に、だがムテキングは言った。
「ああ、そうだな。……だが、すまない教授。ちょっと先へ行って待っててくれないか。少し、休ませて欲しい」
「……わかりました。でも、あまり時間はありませんよ? もうすぐバスが来ます」
「わかっている……」
バスタ
もうもうとしたその空気の向こうに、
「わかってる、わかってるさ教授。……だが、ワシはその前にちょっと、一服したいだけだ……」
そう言ってムテキングはタバコをくわえると、ライターの火をつけた。
……あー、ところで皆の衆。粉塵爆発って、知っとるか?
ムテキング松木はな、いま知ったわ。
……
そうして、誰かがお前の耳に囁いたんじゃ。
「馬鹿め。ムテキングは死んだわ」
と。
(終)
超日本クトゥルフばなし 日暮奈津子 @higurashinatsuko
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