時間が止まったままの心を抱えて、
圭はふとした衝動で旅に出る。
行き先は、理由もなく選んだベトナム・ダナン。
湿った空気と、まぶしい朝陽。
ホイアンの古い橋、コーヒーの香り、
知らない街の静けさが、
心の奥に少しずつ「音」を取り戻していく。
そして香港。
雨上がりの夜、迷い込んだコンビニ。
言葉の壁を越えて道を教えてくれたのは、
濡れた髪の向こうで、やさしく笑う、
見知らぬ女性だった。
たったひとことの「また、会えるかな?」
交わしたのは、
「人混みの中での再会」と「30分だけ」の約束。
短いけれど、確かに心に触れた時間が、
止まっていた「秒針」を、静かに動かしていく。
これは、過去を美化せず、未来を急がず、
ただ「いま」の温度に耳を澄ます物語。
過去を手放すため始めた旅。ダナン、香港、そして出会った一人の女性・蓉。言葉はたどたどしいのに、なぜか心が通じ合う。
「30分だけでも、会えますか」
——そのひと言から、止まっていた針が静かに動き出す。
雨上がりの街で交わした名前。花束を選んだ瞬間。QQで交わす短いメッセージ。何気ない日常の中に、確かな温度が宿っていく。
圭が時計を修理する場面が印象的。
「なおすのではなく、寄り添う」
——その姿勢が、彼女との関係そのものを映している。大阪と香港、離れた街で刻む秒針の音が、やがて同じリズムを刻み始める。
「世界でいちばん静かな夕陽」を見る約束。その先に何が待つのか。丁寧な描写と余韻が心地よい、大人の恋愛小説。