第2話 世界の歪み
埃っぽい路地裏で意識を取り戻したカナタは、全身の痺れと、頭の中に渦巻く奇妙な感覚に戸惑っていた。E級スキル《微細な視力向上》。それが自分の持つ唯一のスキルだったはずだ。それなのに今、頭の中には、まるで無数の選択肢が枝分かれしていくような、奇妙な感覚が広がっている。
(これが…俺の力なのか?)
瓦礫の下敷きになった時、死を覚悟した。心臓が止まりかけた、あの瞬間。何かが見えたような気がした。ぼやけていてよく分からなかったけれど、まるで自分が無数の違う場所にいるような、そんな奇妙な光景だった。そして今、この頭の中の感覚は、あの時の光景とどこか繋がっている気がする。
カナタは、おそるおそる目の前の崩れた壁に意識を集中してみた。すると、頭の中に、その壁が今まさに崩れ落ちる光景と、その瓦礫が地面に散らばる無数のパターンが、まるで映像のように流れ込んできた。一つだけではない。まるで、少しずつ違う未来が、同時にいくつも提示されているような感覚だった。
(なんだ、これは…?)
E級スキルがこんな力を持つはずがない。これは、あの時、死にかけた時に手に入れた、全く新しい力に違いない。カナタは、湧き上がる興奮と同時に、深い戸惑いを覚えていた。こんな力を持った自分が、これからどうなってしまうのだろうか?
その夜、カナタは空腹を抱えながら、街のゴミ捨て場を漁っていた。未来が見える、と言っても、それがすぐに生活の助けになるわけではなかった。数秒先の未来で、どのゴミ箱に食べ残しがあるかを探るのが、今の彼にできる精一杯のことだった。
その時、遠くの広場で、騒ぎが起きていることに気づいた。人々が何かから逃げ惑い、けたたましい叫び声が聞こえてくる。カナタは、好奇心と不安に駆られ、そちらへと足を向けた。
広場に近づくにつれて、異様な光景が目に飛び込んできた。巨大な岩が、まるで重力を失ったかのように空中に浮かび上がり、周囲の建物に激突している。地面には、破壊された瓦礫が散乱し、人々が必死に逃げ惑っていた。
(一体、何が…?)
その騒乱の中心には、一人の男が立っていた。全身を黒いコートで包み、冷たい光を放つその男の周囲には、無数の小さな金属片が浮遊している。男が手を振るたびに、それらの金属片が意思を持ったかのように飛び回り、周囲の物体を破壊していく。
カナタは、その男に見覚えはなかったが、彼の纏う異質な雰囲気に、言いようのない警戒感を覚えた。あれは、自分と同じように、特別な力を持つ人間なのだろうか?だとしたら、自分に芽生えたこの力も、もしかしたら……
その時、カナタの頭の中に、強烈な映像が流れ込んできた。黒いコートの男がこちらを向き、無数の金属片が、まるで雨のように自分に向かって襲いかかってくる未来。その未来では、自分は間違いなく、蜂の巣のようにされて死んでいる。
(危ない!)
本能的にそう感じたカナタは、考えるよりも先に、その場から全力で走り出した。背後で、金属片が地面に突き刺さる鋭い音が聞こえる。未来が見えたおかげで、辛うじて死を回避できた。
(これが、俺の力…トライアド・オプシオン…なのか?)
頭の中に響いた、覚えのない言葉。それは、あの時、死にかけた瞬間に見た光景と共鳴するように、カナタの意識に深く刻まれた。無数の未来の選択肢。その中から、生き残るための道を選ぶ力。それが、彼に与えられた新たなスキルなのだろうか。
広場の騒ぎは、ますます激しさを増していた。空には、巨大な岩がいくつも浮かび上がり、街の景観は見る見るうちに破壊されていく。カナタは、混乱の中で、ただひたすら逃げることしかできなかった。
(あの男は一体何者なんだ?あんな力を持つ人間が、他にもいるのか?)
E級の力しか持たないと思っていた自分に、突如として芽生えた未知の力。そして、目の前で繰り広げられる、常識を逸脱した破壊の光景。カナタは、自分がこれまで生きてきた世界が、全く違う様相を帯び始めたことを、肌で感じ始めていた。
彼の心には、恐怖と共に、抑えきれない好奇心が湧き上がっていた。自分と同じように、特別な力を持つ人間は、他に何人いるのだろうか?そして、自分に目覚めたこの力は、一体何のために存在するのだろうか?
カナタは、破壊された街並みを彷徨いながら、これから自分がどう生きるべきなのか、必死に考えを巡らせていた。未来が見える力。それは、彼にとって希望の光となるのか、それとも、さらなる絶望へと導くことになるのか。まだ、誰にも分からなかった。ただ一つ言えることは、彼の最悪だった日常は、もう二度と戻らないということだった。
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スキル至上主義の世界はうんざりです てぺん @TEPEN
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