第七話:師匠は天国に

『ゲホッ、ゲホッ…アンナ…もうだめだ…』

 おばあちゃんの弱々しい声に、アンナは動揺した。師匠が流行り病で倒れたというのだ。

「おばあちゃん!しっかりして!すぐに最高の薬を手に入れてくるから!」

 アンナは、おばあちゃんが残した計画書を手に、一人で仕事へ向かった。ターゲットのパン屋に潜入するが、計画書は暗号だらけ。さらにパン屋の純朴な息子、ハンスに一目惚れされ、彼の猛アプローチに普段の冷静さを失っていく。

「君の瞳は、夜空に輝く紫水晶のようだ…」

「そ、それよりオーブンの燃料供給パイプの素材は鉛ね…」

 恋愛経験のないアンナは、ハンスの純粋な好意にペースを乱され、普段ならありえないような小さなミスを連発。計画はドタバタの連続だった。

 なんとかボヤ騒ぎを起こし、最低限の契約は取り付けたものの、儲けは僅か。それでも最高の薬を買い、息を切らしてアジトに戻ると、そこにはピンピンした顔でお茶を飲むおばあちゃんの姿が。

「おかえり、アンナ。なかなかやるじゃないか、一人でも」

「…仮病だったのね」

「ああ。たまにはあんたを本気で慌てさせてみないとねぇ。でないと、いつまでもあたし離れできないだろう?」

 からかう師匠に、アンナは怒りながらも、その不器用な愛情を感じずにはいられなかった。数日後、ハンスから届いた小麦粉の匂いがする恋文を、彼女は大切にトランクの奥にしまった。

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