第16話 運命を紡ぐ者たち

ゼルヴァの雷が、世界を裂いた。


それは、ただの雷ではなかった。


概念そのもの。


存在の、否定。


「うわっ!」


エピテウスは、咄嗟に剣で受け止めた。


だが――


剣が、砕けた。


いや、消えた。


存在そのものが、否定されたかのように。


「くそ……!」


メルナも、動いた。


彼女は手を掲げ、光を放った。


それは、創造の光。


だが――


それもまた、攻撃だった。


光が、二人を包む。


時間が、逆転する。


エピテウスとエイルの身体が、若返っていく。


いや、若返るのではなく――


存在が、巻き戻されていく。


「な、何……!」


エイルは、自分の手を見た。


透けている。


消えかけている。


「やめろ……!」


エピテウスは、叫んだ。


だが――


その時。


ほんの一瞬――


エイルが、武器に気を取られた。


その隙に――


ゼルヴァが、雷を投擲した。


「エイル!」


エピテウスが、叫んだ。


だが――


間に合わない。


雷が、エイルへと向かう。


その瞬間――


銀色の影が、飛び出した。


ノヴァ。


狼は、主人を守るために――


その身を、盾とした。


「ノヴァッ!!!」


エイルの叫びが、響いた。


雷が、ノヴァを貫いた。


狼の身体が、地面に落ちる。


白い毛並みが、血に染まっていく。


「ノヴァ……ノヴァ!」


エイルは、駆け寄った。


狼を、抱きかかえる。


「やめて……死なないで……!」


だが――


ノヴァは、静かに目を開けた。


その瞳は――


優しかった。


まるで、微笑んでいるかのように。


そして――


声が、聞こえた。


心に、直接響く声。


『戦って』


ノヴァの声。


『あなたは……もう、守られるだけの子供じゃない』


『戦いなさい』


『生きなさい』


エイルの涙が、溢れた。


「でも……!」


『大丈夫』


ノヴァの瞳が、優しく光った。


『私は……ずっと見ているから』




エピテウスも、立ち上がった。


剣は、もうなかった。


だが――


拳が、ある。


「エイル!」


彼は、叫んだ。


「まだ終わってない!」


エイルは――


ノヴァを、そっと地面に横たえた。


そして――


立ち上がった。


涙を拭い、槍を握る。


だが――


槍も、燃え尽きかけていた。


メルナとゼルヴァの攻撃に、耐えられなかった。


「……それでも」


二人は、同時に言った。


「諦めない」


エピテウスは、叫んだ。


「俺は……父のように――」


「誰かを守るために、生まれたんだ!」


エイルも、叫んだ。


「そして私は……戦うことで――」


「生きる意味を、見つけた!」


二人の声が、重なった。


天が、再び震えた。


すると――


彼らの背後に、光が現れた。


三つの、影。


「……あなたたちは」


エピテウスは、振り返った。


そこに――


運命の女神たちが、立っていた。


アステリオネ。


クロノメア。


カイリュサ。


三姉妹。


「誤った糸は――」


アステリオネが、言った。


「今こそ正すために、ある」


「止まっていた時間を――」


クロノメアが、続けた。


「もう一度、動かしましょう」


「良き時も悪しき時も……」


カイリュサが、微笑んだ。


「生きる者に、平等に訪れる」


ゼルヴァが――


憤った。


「ぬぅぅ、貴様らの差し金かッ」


彼の声が、大気を震わせた。


「運命を司る者どもが――」


「神の座に、手を出すか!」


だが――


三姉妹は、動じなかった。


ただ、手を掲げた。


ノクスファールとソルディアスの身体が崩壊し一本の糸になる。


それらは、空を漂い――


エピテウスとエイルの身体に、絡みついた。


「これは……!」


温かい。


力が、満ちてくる。


彼らの武器が――


再び姿を、取り戻した。


エピテウスの剣。


それは、もはや父の剣ではなかった。


彼自身の、剣。


天を裂く光を、宿している。


エイルの槍。


それも、カリューナの槍ではなかった。


彼女自身の、槍。


大地を貫く炎を、宿している。


「行くぞ……!」


エピテウスが、叫んだ。


二人が、跳んだ。


ゼルヴァの雷が、直撃しようとした。


その寸前――


エピテウスが、叫んだ。


「運命の糸よ――」


剣を、掲げる。


「俺たちに――」


エイルも、槍を構えた。


「“選ぶ力”を!」


全ての光が、交差した。


剣と槍。


雷と創造。


運命の糸。


すべてが、一点に集まった。


そして――


爆発。


世界が、真っ白に塗り潰された。




光が、収まった。


エピテウスとエイルは、地面に倒れていた。


全身が、傷だらけだった。


だが――


生きていた。


「……勝った……?」


エイルは、呟いた。


周囲を見回す。


ゼルヴァは――


膝をついていた。


槍を支えに、身体を支えている。


「……まさか」


彼は、呟いた。


「人間ごときに……」


メルナは――


静かに、微笑んでいた。


「……よく、やったわ」


彼女の身体も、光に包まれている。


「あなたたちは――」


「神を、越えた」


ゼルヴァとメルナの身体が、消えていく。


光となって。


「……これで、終わりか」


ゼルヴァは、最後に笑った。


「面白かったぞ、人間」


「また――」


彼は、消えた。


「会おう」


メルナも、消えていった。


最後に――


エピテウスを見て、微笑んで。




戦いが、終わった。


天が、裂けていた。


ゼルヴァの支配が、崩れ去っていく。


神々の都が、ゆっくりと崩壊していく。


だが――


新しい光が、差し込んできた。


それは、優しい光。


人間の世界からの、光。


エイルは――


ノヴァのもとへ、戻った。


狼は、もう動かなかった。


静かに、目を閉じている。


「……ノヴァ」


エイルは、狼を抱きしめた。


その時――


ノヴァの身体から、淡い光が漏れた。


そして――


エイルの記憶の奥に、映像が流れ込んできた。


赤子を抱く、母の手。


初めて立って歩いた、自分の姿。


眠る娘を見つめる、優しい目。


そして――


あの狼の瞳と、重なった。


「……母さん?」


エイルは、呟いた。


映像が、続く。


戦場で倒れる、母の姿。


だが――


その魂は、消えなかった。


娘を守るために。


その想いが、魂を狼の姿に変化させた。


そして――


ずっと、見守っていた。


娘の成長を。


娘の戦いを。


エピテウスと協力して戦う姿を。


ノヴァは、戦わなくなった。


それは――


もう、守る必要がなくなったから。


娘が、強くなったから。


「……そうだったの」


エイルは、涙を流しながら頷いた。


「あなたが、ずっと……」


「傍にいてくれたんだね」


ノヴァは――


微笑みながら、天の光の中へ消えていった。


最後の声が、エイルの心に響いた。


『これからは――』


『私ではなく、彼と二人で歩きなさい』


残されたのは――


ノヴァの首輪についていた、金の飾りだけ。


エイルは、それを握り締めた。


そして――


立ち上がった。


「……ありがとう」


彼女は、空を見上げた。


「母さん」




エピテウスが、近づいてきた。


「エイル……」


「大丈夫」


エイルは、微笑んだ。


「もう、大丈夫」


二人は、黄金に輝く草原に立っていた。


天界は、崩れていく。


だが――


新しい世界が、生まれようとしていた。


エイルは――


ノヴァの首輪を、風に放った。


金の飾りが、風に乗って舞い上がる。


光となって、空へ消えていく。


「……これから」


エピテウスが、問うた。


「どうする?」


「生きるわ」


エイルは、答えた。


「私たちが勝ち取った”時”を――」


「自分たちの手で」


エピテウスは、頷いた。


「……なぁ」


彼は、遠くを見た。


「南の地に、行ってみないか?」


「南?」


「そっちにも、神がいるらしい」


エイルは――


呆れたように笑った。


「何よそれ」


「また戦わなきゃいけないの?」


「いや――」


エピテウスは、微笑んだ。


「まずは、話してみるさ」


風が、吹き抜けた。


空の向こうに――


一匹の白い狼が、姿を見せた。


微笑むように。


そして――


消えた。


光となって。


「……行こう」


エイルは、エピテウスの手を取った。


「ええ」


二人は、歩き出した。


新しい世界へ。


自分たちの手で紡ぐ、運命へ。


神々の支配は、終わった。


だが――


人間の物語は、始まったばかりだった。


空が、晴れていく。


雲が、割れていく。


太陽が、昇っていく。


それは――


神の光ではなかった。


ただの、太陽の光。


温かく、優しく――


すべてを照らす、光。


二人は、その光の中を歩いていった。


エピテウスとエイル。


誤りの子と、二色の瞳を持つ戦士。


彼らの旅は――


これからも、続いていく。


運命の糸を、自分たちの手で紡ぎながら。


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遠く、天の果てで――


三人の女神が、微笑んでいた。


「……よくやったわね」


アステリオネが、言った。


「ええ」


クロノメアが、頷いた。


「時は、動き出した」


「新しい、時代が始まる」


カイリュサが、糸車を回した。


「さぁ、紡ぎましょう」


「新しい運命を」


三姉妹は――


再び、糸を紡ぎ始めた。


だが、今度は違った。


糸は、彼女たちが決めるのではない。


人間が、自分で選ぶ。


そして――


女神たちは、ただそれを見守る。


新しい世界の、始まりだった。


人と神が、共に歩む世界の。


風が、優しく吹いていた。


それは、祝福の風だった。


新しい時代を、迎える風だった。


そして――


物語は、続いていく。


永遠に。

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運命を越えた者たち イチゴパウダー🍓 @ichigopowder

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