第15話 天の裁き
二つの影が、現れた。
一つは、男。
いや、男というより――存在そのもの。
巨大で、威圧的で、圧倒的。
身長は三メートルを超え、全身が光を纏っている。
髪は白銀で、顔には深い皺が刻まれている。
だが、その身体は若々しく、筋肉が盛り上がっていた。
瞳は――
太陽そのもの。
見つめるだけで、目が焼かれそうなほど輝いている。
手には、巨大な槍。
それは稲妻でできており、常に電撃を放っていた。
彼が一歩進むだけで――
空が、裂けた。
稲妻が、走った。
世界そのものが、彼に従うかのように。
「愚かなる者らよ」
その声は、雷鳴だった。
空間そのものが震え、エピテウスとエイルの骨まで響く。
「天を汚し、神々を斬り捨て――」
男の瞳が、二人を見た。
「なお、進むか」
エピテウスは、言葉を失った。
この存在は――
今までの神々とは、次元が違う。
「……ゼルヴァ=オーン」
エイルが、震える声で呟いた。
「最高神……」
そして――
もう一つの影。
女性。
彼女は、男とは対照的だった。
優しく、穏やかで、美しい。
白い衣を纏い、長い髪が背まで垂れている。
その髪は金色で、光を放っていた。
瞳は、深い青。
海のように、深く、優しい。
だが――
その瞳には、深い悲しみが宿っていた。
「メルナ=イリュエ……」
エイルが、続けた。
「創生の女神……」
女神は――
エピテウスを、見た。
その瞳に、何かが浮かんだ。
認識。
そして――
悲しみ。
エピテウスは――
動きを、止めた。
その顔。
その微笑み。
それは――
「……母さん?」
エピテウスは、呟いた。
幼い日の記憶、母の面影。
レイナ。
村で祈りを司っていた、巫女。
その微笑みと――
同じだった。
「……あなたは」
メルナ=イリュエは、静かに言った。
「アガレスの、息子」
「父さんを……知ってるのか……!」
「ええ」
女神は、頷いた。
「あなたの父は、かつてゼルヴァに剣を向けた」
「神に逆らい、天界を追われた」
彼女の声が、震えた。
「だからこそ――」
「私は、あなたを私の一部と共に地上へ落としたのです」
「……え?」
エピテウスは、理解できなかった。
「俺を……?母さんはあなたの一部だった……?」
「です。アレは私の力の
メルナは、目を伏せた。
「あなたは、本来地上に生まれるはずではなかった」
「半神として、私が天界で育てるはずだった」
「だが――」
彼女は、ゼルヴァを見た。
「彼が、それを許さなかった」
ゼルヴァが――
低く、唸るように言った。
「そうして生き延びた半神が――」
彼の瞳が、エピテウスを見た。
「我らに、刃向かうとはな」
ゼルヴァは、メルナを見た。
「メルナ、貴様の慈悲が――」
彼の声が、怒りに震えた。
「また災いを、生む」
メルナは――
涙を、堪えた。
そして――
ゼルヴァの腕を、掴んだ。
「お願いです……」
彼女の声が、懇願する。
「彼の命だけは……」
「我が罪ゆえに、罰を受けましょう」
「どうか、どうか――」
涙が、溢れた。
「あの子を……」
だが――
ゼルヴァは、その手を振り払った。
メルナの身体が、よろめく。
「この天に生きる者に――」
ゼルヴァの声が、響いた。
空を、震わせるように。
「例外は、ない」
彼の槍が、地面を叩いた。
稲妻が、走る。
「半神など――」
ゼルヴァの瞳が、冷たく光った。
「我が世界に、不要だ」
メルナの瞳が――
絶望に、染まった。
彼女は――
エピテウスへと、向いた。
「……あなたは」
メルナは、震える声で言った。
「心から信頼する人を、持っているのね」
「え……?」
エピテウスは、困惑した。
メルナは――
エイルを、見た。
「ならば――」
彼女の声が、冷たくなった。
「あの女を殺して、捧げなさい」
「な……!」
エイルが、息を呑んだ。
「そうすれば……」
メルナは、続けた。
「神の怒りを、退けられるかもしれません」
「あなただけは――」
彼女の声が、震えた。
「生き延びることが、できるかもしれません」
沈黙。
エピテウスは――
一瞬、目を見開いた。
エイルを、見た。
彼女も、彼を見ている。
その瞳には――
恐怖があった。
だが――
信頼も、あった。
エピテウスは――
静かに、首を振った。
「……俺は」
彼は、メルナを見た。
「そんなやり方で生き延びたいなんて――」
「思わない」
エイルが――
槍を、構えた。
いや、弓ではなく――
いつの間にか、彼女は槍を手にしていた。
カリューナが授けた、慈愛の武器。
「神がどんな力を持っていようと――」
エイルは、一歩前に出た。
「私たちの”選択”までは――」
彼女の瞳が、輝いた。
金と黒。
「奪えない」
ゼルヴァが――
笑った。
嘲るように。
「ハッ!人が神に逆らうだと?」
彼は、燃えるように煌めく槍を掲げた。
「この天を創った――」
稲妻が、槍に集まる。
「私の前で?」
雷鳴が、爆ぜた。
世界が、裂けた。
ゼルヴァの槍が、振り下ろされた。
稲妻が、エピテウスとエイルへと殺到する。
「うわっ!」
二人は、咄嗟に飛び退いた。
稲妻が、地面を抉る。
大地が砕け、崩れ落ちる。
「くそっ……!」
エピテウスは、剣を構えた。
だが――
その時、気づいた。
剣が――
震えている。
恐怖ではない。
剣そのものが、ゼルヴァの力に圧されている。
「エイル!」
「わかってる!」
エイルも、槍を構えた。
だが――
彼女の身体も、震えていた。
この神は――
別格だ。
今までの神々とは、次元が違う。
「行くぞ……!」
エピテウスは、駆け出した。
剣を振るう。
エイルも、槍を投げた。
だが――
ゼルヴァは、動かなかった。
ただ、槍を横に払っただけ。
それだけで――
エピテウスの剣が、弾かれた。
エイルの槍も、霧散した。
「な……!」
「まだ、終わらぬ」
ゼルヴァの声が、響いた。
彼の槍が、再び振り下ろされた。
稲妻が、二人を襲う。
「きゃっ!」
エイルの身体が、吹き飛んだ。
地面に叩きつけられ、動かない。
「エイル!」
エピテウスは、叫んだ。
だが――
ゼルヴァの槍が、彼へと向かってきた。
「くそっ……!」
エピテウスは、剣で受け止めようとした。
だが――
力が、違いすぎた。
剣が、再び欠けた。
そして――
エピテウスの身体も、吹き飛んだ。
地面を転がり、血を吐く。
「……はぁ……はぁ……」
エピテウスは、震える腕で身体を起こした。
視界が、霞んでいる。
全身が、悲鳴を上げていた。
「見ろ」
ゼルヴァは、二人を見下ろした。
「これが、人と神の差だ」
「お前たちは――」
彼の槍が、エピテウスへと向けられた。
「所詮、塵に過ぎぬ」
稲妻が、集まり始める。
止めの、一撃。
メルナは――
目を、背けた。
見ることが、できなかった。
ノヴァは――
遠くで、倒れていた。
ゼルヴァの一撃を受け、動けないでいた。
エピテウスは――
剣を、握りしめた。
欠けた、剣。
だが――
まだ、諦めない。
「……俺は」
彼は、立ち上がった。
震える足で。
「まだ……終わってない……」
ゼルヴァが――
微かに、眉をひそめた。
「……まだ立つか」
「ああ」
エピテウスは、答えた。
「俺は……選んだんだ……」
彼は、エイルを見た。
彼女も、ゆっくりと立ち上がっていた。
血まみれで、満身創痍で。
だが――
その瞳には、まだ光があった。
「自分で……運命を……」
二人は、同時に言った。
「切り開くって……!」
ゼルヴァは――
静かに、笑った。
「……面白い」
彼の槍が、さらに光を増した。
「ならば――」
「その意志ごと――」
稲妻が、爆発的に膨れ上がった。
「焼き尽くしてやろう」
最終決戦が――
始まった。
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