「余白の声」第8話「隠せるものなら隠したい」
秋定弦司
知られざる戦いの舞台裏
【まえがき】
皆々様、さぞご立派なご意見をお持ちのことと存じます。「病気を理由に逃げるな」「甘えるな」――まことにおめでたい響きでございます。けれども、そのお言葉を口にする前に、逃げ場も甘え方も知らぬ者の身に、一度でも置かれてみてはいかがでしょうか。
本編「隠せるモノなら隠したい」は、そうした“外からの声”と“内に潜む声”とがぶつかり合う、わたくし自身の切実な記録でございます。外見だけを見れば五体満足、元気そうに働き、笑っているように映るかもしれません。しかし、その裏側でどれほどの薬を飲み、どれほどの副作用に耐え、どれほど「逃げるな」と自らを責めながら壊れていったか――その一端をここに記しました。
「病は気から」「薬に頼るな」「動けるなら働け」……ありがたいお言葉を山ほど賜りました。けれども、もし本当にその通りなら、どれほど結構なことでございましょう。好き好んで薬を飲んでいる者などどこにもおりませんし、逃げ道を作りたくて障害を告げているわけでもございません。ただ「何かあったときのために」知らせているだけでございます。
それでもなお「卑怯だ」「逃げている」と仰るなら、そのお楽な立場を羨ましく存じます。どうか、軽々しく「わかる」とだけはおっしゃらないでくださいませ――本編をお読みいただけば、その理由がきっと伝わることでしょう。
秋定 弦司
皆々様、さぞご立派なご意見をお持ちのようでございますね。
「病気を理由に逃げている」「甘えている」――ああ、左様でございますか。実におめでたいお言葉でございます。
されど、一度でよろしいから、逃げ場や甘え方も知らぬ身に、そちら様がなってみてはいかがでございましょうか。
そちら様のご病気は、逃げ道や甘える必要もない種類のもので羨ましゅうございます。
わたくしなど、生まれて初めて自ら「精神的に危うい」と自覚できる域に至り、上司に精神科受診を願い出た折の返事が、これでございます。
「それは甘えだ」
その「ボヤ」のうちに手を打てば、障害者手帳を持つこともなかったやもしれませんのに……。
結果はご覧の通りでございます。「わたくしの人生に責任を取っていただけませぬか」――これがわたくしの正直な胸の内でございます。この恨み、一生涯消えはしませぬでしょう。
その後も色々とありがたいお言葉を賜りました。
「病は気から」「薬に頼るな」
……もしそれで治るのであれば、どれほど結構なことでございましょう。
「薬物中毒」?
ふふ、実にご冗談を。
好き好んで飲んでいるわけではございません。飲まずに済むものなら、どれほど気が楽かお察しあそばせ。
そこまで仰るなら、いっそそちら様が代わりに服用なさってはいかがです? 副作用にのたうち回られたうえで、なお同じお言葉が出せるのであれば、それこそ大した御仁でございましょう。
「動けないわけじゃないだろう」
ああ、外見は確かに五体満足でございます。
しかし睡眠薬が抜けきらず、満足に動けぬこともございます。周囲には「夜更かししました」とでも申し開きをいたしますが、実情は別でございます。
ひどい時には緊張のあまり身体が凍りつき、動きたくとも動けないこともございます。
「仕事をする気があるのか!」
もちろんございますとも。文句があるなら、この壊れかけた身体に仰っていただきたい。
ある人はこう申します。
「自分は病気を盾に逃げるつもりはない」と。
わたくしだって本来そうありとうございます。
初めて精神障害者手帳を申請する折には、こう罵られました。
「お前はバカか、逃げるのか!」と。
本当はこう申し上げたかったのです。
「それを決断せざるを得なかったわたくしの気持ちが、そちら様にわかりますか」と。
「逃げちゃダメだ」と必死に言い聞かせて壊れたのが、この有り様でございます。
皆様は、バカなことを必死にやって元気そうに見せる“偽りのわたくし”しかご覧になっておられぬ。
そしてわたくしはいつも、一人になったとき、床に伏せているのです。
訳もわからぬ動悸に胸を押さえている姿、過呼吸発作にのたうち回る姿、希死念慮に押し潰されそうな姿、突然泣き出す姿、幻覚に囚われて徘徊する姿、何もかも嫌になって過量服薬や服薬拒否をした姿、風呂にも入る気力がなく食事も摂れぬ姿――。
そのひとつでもご覧になったことがおありで?……ないでしょうね。
でしたら、黙っていてくださいますか。
だからわたくしは先に自分の障害をお伝えするようにしているのです。
それを「お前は最初から逃げ道を作っている!」と仰いますか。
ああ、そうかもしれません。しかし最初から逃げるために仕組んだわけではございません。
「わたくしの身に何かあったときのために」お伝えしているだけでございます。
それを「卑怯だ」「逃げている」「甘えている」と仰るのは、実にお楽で羨ましゅうございますね。
もっとも、わたくしの事情など申し上げても、どうせ無駄でしょうけれども。
……
……
……
だがな、「お前のことはよくわかる」……この言葉だけは絶対吐くな!
【あとがき】
ここまでお目通しいただき、誠にありがたく存じます。おそらく多くの方々は「また何やら大げさに書いている」とお感じになったことでございましょう。
ええ、そう受け取られることも覚悟の上でございます。けれども、これは単なる「弱者の泣き言」でもなければ、ましてや「同情を乞う文」でもございません。
むしろ、わたくしが日々耳にする「甘え」「逃げ」というお言葉に対し、黙って頭を下げるだけではあまりに片手落ち、せめて活字のうえでだけでも反論をしておこう――その一念にて筆を執った次第でございます。
お読みくださった皆様には、もしかすると「攻撃的だ」「皮肉が過ぎる」と感じられたかもしれません。
しかし本稿の調子は、わたくしが日々身をもって浴びている“空気”の裏返しにすぎませぬ。病や障害を告げれば「逃げ道を作った」と笑われ、告げずに倒れれば「自己管理がなっていない」と叱られる。
こうした二重の圧力のなかで、わたくしは今日も明日も生きております。そうした状況の片鱗だけでも、読者の皆様に伝われば望外の幸せに存じます。
もちろん、ここに綴ったのは“わたくしひとり”の物語であり、すべての人に当てはまる普遍の真理などではございません。しかし「見えぬ苦しみ」を抱えた誰かが、同じように「甘え」「逃げ」と断じられていることだけは、容易に想像できることでございましょう。
そう考えれば、わたくしの拙い文字列も、ほんのわずかばかりの代弁となり得るやもしれませぬ。
最後にひとつだけ申し添えます。本文の末尾に記した「たがな、『お前のことはよくわかる』……この言葉だけは絶対吐くな!」という一文は、決して挑発のつもりではございません。
むしろ、安易な理解を口にすることが、どれほどの重みを伴うかを問うているのです。人の痛みを知るとは、知ったふりをすることではなく、ただ黙って寄り添うこと――せめてその一歩を、どなた様にもお考えいただければと願うばかりでございます。
乱文長文、失礼いたしました。けれども、ここまでお付き合いくださった皆様には、心より御礼申し上げます。これがわたくしの“本音”にして“鎧”でございます。
どうか、表面の皮肉に惑わされず、その奥の微かな声を拾っていただければ、わたくしにとってこれ以上の幸せはございません。
秋定 弦司
「余白の声」第8話「隠せるものなら隠したい」 秋定弦司 @RASCHACKROUGHNEX
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます