触った①

 エルとしては真面目に前向きな言葉として言ったつもりだったのだが、どうやら相手にはそう受け取ってはもらえなかったようだ。

 両手で腹を押さえて楽しそうに笑うアルベルトの声。そんなアルベルトを嗜めようとするも困惑が隠せない兵士達。床に倒れて起きないユリウス。跪いたまま放置されているエル。

 覚悟を決めてやってきたアウレア王国だが、このような出だしになるとは夢にも思っていなかった。


「はー……こんなに笑ったの久しぶりだよ。器用な方って面白すぎ。って、笑ってる場合じゃなかった」


 一頻り笑って冷静になったのか。アルベルトは右手で目尻を拭うと、倒れたままのユリウスの右肩を揺すった。


「兄さん、起きてよ兄さん。エル王女も困ってるよ」


 片膝を床についたままのエルからはユリウスが倒れている姿しかわからず、様子がわからない。ただ、アルベルトが何度呼びかけて揺すっても一向に反応がないようだ。気絶してから数分経つが、まだ意識が回復しないとなると何が彼を襲ったのかが気になるところ。

 ユリウスの名を呼び、肩を揺すり続けるも、変わらないこの状況に諦めたのか。アルベルトは周りにいた兵士達に声をかけた。


「起きないし、かと言ってこのままにはしておけないし。兄さんの自室に運んでもらってもいい?」


 兵士達は声を揃えて「了解しました」と答え、倒れているユリウスを運ぶ準備を始めた。兵士の二人はどこからかストレッチャーを持ってきて、そこに全員で力を合わせてユリウスを乗せる。その間も彼はぴくりとも反応しない。声を合わせて持ち上げると、そのまま部屋を出ていった。

 今、この部屋にいるのは跪いているエルと、ユリウスが倒れていた場所に座り込んでいるアルベルト。そして、扉の近くで立っている兵士のみ。これからどうするのだろうかと、エルはアルベルトを見た。

 横顔しか見えないが、アルベルトも整った顔立ちをしている。それに、ユリウスと同じ金髪に赤い瞳。ただ、まったく同じ色というわけではなさそうだ。

 アルベルトの方が僅かに赤みを帯びた金髪で、赤い瞳も緋色に近い。柔らかな色味、とでも言えばいいだろうか。それでも、ユリウスと兄弟なのだと一目でわかる。エルもレオンハルトとそうであれば、今頃は何か変わっていたのかもしれない。アウレア王国へ来ていなかった可能性もある。元より、争いに関わることすらも──。

 そんなことを考えていると、アルベルトが振り向いた。エルが見ていると思っていなかったのか、一瞬赤い瞳が丸くなるも、すぐにくしゃりと笑って肩を竦ませた。


「あー、なんかごめんね。こんなことになっちゃって。面会は明日の朝に変更ということでもいいかな」

「承知いたしました」

「助かるよ。じゃあ、これからエル王女に使ってもらう部屋へ案内するね」

「部屋……感謝いたします」


 客人でもないというのに、部屋を用意してくれているようだ。牢もありえると思っていたが、これはありがたい。

 アルベルトは立ち上がると、エルの方へとやってきてた。


「手を出して。枷を外すから」

「よろしいのですか?」

「今はね。枷があると、動きにくいでしょ? まあ、明日もう一回つけさせてもらうけど」


 それは当然だとエルは小さく頷いた。明日は、今日行えなかったユリウスとの面会がある。クラルス王国の王女だと明かしたとはいえ、クラルスの戦乙女との呼び名を持つ者に枷をつけないわけにはいかない。

 言われたとおり、枷をつけられている両手を出す。アルベルトは胸ポケットから鍵を取り出して枷を外すと雑にスラックスのポケットに仕舞い込み、右手を差し出してきた。


「はい、お手をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 こうして扱われた経験もないため、戸惑いがちに右手を添える。添えた手は軽く握られると優しく引き寄せられ、エルはその場で立ち上がった。


「兄さ……じゃない、ユリウス王。あー、もう取り繕わなくていいか。兄さん、何で気絶なんかしたんだろうね」

「お忙しそうでしたので、過労ではありませんか」

「それは否定できないかも。書類仕事くらい僕にまわせって言ってるのに、一人で全部抱え込んじゃうんだよね」


 深い溜息を吐くとアルベルトは後頭部で両手の指を絡めて歩き出す。エルもその後ろをついていき、兵士に扉を開けてもらって二人は部屋を出た。

 そのまま廊下を歩いていくのだが、アルベルトの愚痴が止まらない。とは言っても可愛らしいもので、ユリウスは何でも一人で抱え込んでしまう、もっと頼ってほしい、などだが。弟として兄が心配で、力になりたいのだろう。エルは二、三歩下がったところから相槌を打つものの、そんなアルベルトが気になった。

 敵国から来たばかりの人間に、ここまで話して大丈夫なのかと。

 それとも「二度とアウレア王国からは出られない」といった遠回しな脅しか。そうなれば、エルにユリウスのことを話すのも頷ける。どれだけ話したところで、エルはクラルス王国に持ち帰ることができないのだから。

 すると、アルベルトの足が止まり、エルを振り返った。突然どうしたのかと、思わず両肩が跳ねる。


「黙っちゃったけど、どうしたの? 話を聞いていて、何かあるかもって気になっちゃった?」

「え……」

「安心してよ、何もしない。っていうか、エル王女をどうするかは知らないんだ」


 アルベルトは腰に左手を当てると重心を右側に傾け、右腕をだらりとさせる。


「クラルスの戦乙女をもらおうって言ったのは僕だけどね。でも、兄さんに何を訊いても何とでもなるとしか返ってこなくて」

「そう、なのですか」


 ユリウスがクラルスの戦乙女を求めたわけではなかったのか。ならば、何とでもなるという答えは。


(どんな扱いでもできる、ということ)

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