触った②
今日、ユリウスは何を言うつもりだったのだろう。何を言われても受け入れる覚悟はできている。けれど、クラルス王国への援助を進言できる余地があるかどうか。
それをアルベルトへ確認したいところだが、彼は何も知らないときた。アルベルトも特には気にしていないようで、最初の話へと戻っていた。
「敵国から来た自分に身内の話をしてもいいのか気になって、それで何かこういろいろと考えたんだ?」
「……はい」
「知られても何も困らないような話しかしてないから、そんなこと気にしなくていいよ」
それにさ、と赤い瞳を細めて冷ややかな笑みを浮かべる。
「エル王女をどうするかも知らないのに、知られたくないことを話すわけないでしょ」
確かに、言われてみればそうだ。エルは静かに頭を下げる。
「考えが至らず、失礼いたしました」
「……立場を弁えてるなあって思ってたけど、エル王女ってビスクドールみたいだね。綺麗だけど、つまらないな」
コツコツと靴音が聞こえる。アルベルトが歩き出したようだ。下げていた頭を上げ、エルも後ろをついていく。
どのような表情をしていたのかはわからないが、不愉快だと言われているような声色だった。エルの態度がいけなかったのか、それとも言い返してほしかったのか。今し方のやり取りを思い返す。
ビスクドールのよう。つまらない。
アルベルトは、エルのことをそう評した。あることに思い当たり、自由になった右手でそっと右頬に触れる。
(感情が、表に出ていなかったから)
このやり取り以降、アルベルトは一言も発さなくなった。
二人とも黙ったまま廊下を歩き続ける。数歩先にある部屋の前でアルベルトが立ち止まったため、エルも歩を止めた。
アルベルトは顔だけをエルに向け、気怠そうに左手を上げると人差し指で扉を指す。
「ここが、エル王女の部屋だよ」
返事をする前にアルベルトがドアノブに触れ、扉を開けて中へと入った。エルも急ぎ足で部屋へと向かう。
「……っ」
つい、声が出そうになった。
用意された部屋はクラルス王国にあるエルの部屋よりも広く、何より置かれている物の一つ一つが豪華なのだ。
寝心地がよさそうな天蓋付きの大きなベッド。その近くには小さくて細長いチェストがあり、その上には白い花のような形をしたライトがある。見たことはあるが、エルの部屋にはなかったドレッサーらしきものも。姿見はあったものの、ここまで綺麗に映らなかった。
なんて、素敵な部屋なのだろう。こんな部屋をあてがってくれるとは。
「必要なものは揃えてる。もし何か他に何かあれば、机の上に置いてあるベルを鳴らせば侍女が来てくれるから、用件を言うといいよ」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、今日の僕の役目はここまで。おやすみ」
おやすみなさい、とエルが言う前にアルベルトは部屋を出て行ってしまった。気を害してしまったようだ。
一人になったエルは、とりあえず鎧を脱ぐことにした。かける場所がわからないため、邪魔にならないところへ置く。ギャンべゾン姿になったものの、汚れているためこのまま気持ちよさそうなベッドに寝転びたくない。どうしようかとベッドを見れば、よく見ると服が畳んで置いてある。近付いて広げてみれば、畳まれていた服はネグリジェだった。
手触りもとても良く、できれば湯浴み後に着たい。アルベルトは何かあればベルを鳴らすよう言っていたが、いいだろうか。
湯浴みをさせてほしいと、お願いしても。
客人でもないくせに贅沢な、と思われるかもしれない。実際、贅沢な頼みごとだ。
だが、せっかく用意してくれたベッドを汚したくない。ものは試しだと、エルはアルベルトに教えてもらったとおりにベルを鳴らした。来てくれるまでは他に何があるか見ておこうと、ベルを元の位置に置いて一歩踏み出したときだった。
コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。エルがベルを鳴らしてからまだ一分も経っていない。アウレア王国の侍女は、特殊な訓練でも受けているのだろうか。それはそれですごいことだが。
急いで扉へと向かい、ドアノブへ手をかけて開く。
「お呼び立てして申し訳ございません。実はお願い、が……」
途中から言葉を失ってしまった。
まず、目に入ったのは胸元。見覚えがあるというより、つい先程見たばかりだ。おそるおそる顔を上げ、その人物を見る。
意識を取り戻したのか、よかった。されど、呼んだのは侍女のはずなのだが、どうしてここに。
エルはカーテシーも跪くこともすっかり忘れ、震える声で呼びかけた。
「こ、国王、陛下」
ユリウスは口を真一文字に結び、燃え盛るような赤い瞳でエルを見下ろしている。
そのとき、離れたところから「え!?」と女性の驚愕するような声が聞こえてきた。僅かに顔をそちらへ向けると、本来エルの部屋に来るはずだったであろう侍女が顔を引き攣らせている。これは、侍女にとっても予想外の出来事なのか。エルは再びユリウスを見て、目を合わせる。
──が、視線が交じった瞬間にユリウスが両手で顔を覆い隠してしまった。
「────っ!」
声にならない声とは、こういうことを言うのだろうか。
どこからどのように出したかわからない奇妙な声を上げながらよろよろと後ろへ下がると、ユリウスは後ろへ倒れ始めた。
「……っ、国王陛下!」
壁に近づいてしまったために、このままでは頭をぶつけてしまう。エルは慌てて駆け寄るも間に合わず、ユリウスは後頭部を壁に勢いよくぶつけ、鈍い音が廊下に響いた。
壁伝いにずり下がっていき、床へと倒れる。
「わ、私、誰かを呼んできます!」
一部始終を見ていた侍女は、パタパタと足音を立てながら走って行った。その背中を見送ると、今も両手で顔を覆ったまま床に倒れているユリウスへ駆け寄る。
頭からの出血は確認できないが、とにかくすごい音がした。大丈夫だろうかと、左肩へ触れる。
「おわぁぁぁああああぁぁぁああああ!」
「えっ」
音にすれば「カサカサ」だろうか。ものすごい速さでカサカサと動いて距離を取られてしまった。
(叫び声にも驚きましたが、この動きは何でしょうか)
冷酷非道と評されるユリウスからは想像ができない叫び声と動きだった。
今は両膝を床につけて座り込み両手で顔を覆い隠している。隠しているが、指の隙間からこちらを窺っているのがわかる。
「さ、触った。俺の肩、触った。優しかった。あたたかかった」
触れたのは一秒にも満たなかったはずだが。と思っていると、ユリウスの身体がぐらりと前に倒れ、今度は額を床に打ち付けると動かなくなった。
「……何が、起きているのですか」
さすがのエルも理解が及ばず、アルベルト達が駆けつけてくれるまでその場を動くことができなかった。
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