器用な方ですね②

 いよいよか。エルは後ろを振り向き、ここまで連れてきてくれた兵士達に頭を下げた。


「皆さん、ここまでありがとうございました。道中、気をつけてお帰りください」


 敬礼する兵士達にもう一度頭を下げ、エルはアルベルトに案内される形で城の中へと入った。

 ここからはエル一人だ。周りに仲間はいない。いるのは、前を歩くユリウス王の弟であるアルベルトと、エルを囲むようにして配置されているアウレア王国の兵士達。静かでありながら厳かな廊下に複数の足音が響く。


(そういえば、アルベルト様は名乗ってくださったのにわたしは名乗っていませんでした)


 アウレア王国まで連れてきてくれた兵士達に礼を言うことを優先してしまい、失礼なことをしてしまった。

 しかし、今ここで名乗ってもタイミング的におかしい。どうしようかと思っていると、アルベルトがこちらを振り向いた。出迎えてくれた際に見せた警戒は解いてくれているようだ。

 が、手にはいつの間にか鈍い銀色をした枷が握られていた。


「この先の部屋にユリウス王がいます。申し訳ありませんが、両手を拘束させていただきますね」

「はい」


 抵抗することなく両手を差し出した。

 まだ名乗っていないため、アルベルトはエルを「クラルスの戦乙女」としか知らず、実際の身分を知らない。いや、知っていたとしても、ただの第一王女ではないためこれは当然の措置だ。エルは客人ではないのだから。

 アルベルトが近付いてきて、エルの両手に枷をつける。その様子を眺めていると、覗き込むようにして顔を寄せてきたアルベルトと目が合った。


「……本当、綺麗だよなあ」

「そのように言っていただけるのは初めてです」

「ええ!? 嘘でしょ!? こんなに綺麗なのに!? ……と、失礼」


 枷をつけおわると、アルベルトはエルの前を歩き始める。本人はかしこまっているが、本来は気さくな人物なのかもしれない。

 少しして、大きな扉の前で足を止めた。この先にユリウス王がいるのだろう。アルベルトが扉をノックする。


「……ん?」


 部屋の中からは返事がない。何度かノックをするも返事はなく、アルベルトがそっと扉を開ける。


「ユリウス王……って、あれ、いない? ここで待っててって言ったのに。まあいいや」


 入って、と促され、エルは部屋の中へと入った。ここは謁見の間だろうか。白と赤を基調とし、ユリウス王が座るであろう玉座も同じだ。

 辺りを見渡しながら歩いていると、近くにいた兵士に右肩を掴まれた。ここで止まれと言うことなのだろう。アルベルトにはカーテシーで挨拶をしたが、今のエルは両手に枷がついている。膝をついて頭を下げておいたほうがいいだろうと判断し、右膝を床につけ、左膝を上げると床を見た。

 ユリウス王はいつ来るだろうか。忘れている、ということはないだろうが。すると、足音が聞こえてきた。それはこの部屋の前で止まり、ノックもなしに扉が開かれる。

 ──その瞬間、場の空気が変わった。

 エルからは姿は見えないが、この重苦しい気配に息を呑む。

 これが、アウレア王国の王、ユリウス。

 微動だにしない兵士達の傍を、カツ、カツ、と足音を鳴らしながら歩いてくる。


「すまない。書斎で報告書を片付けていた」

「忘れてるとかじゃなくてよかったよ。……と、文句は後にするとして。ユリウス王、クラルスの戦乙女をお連れしました」


 足音が止まった。


「発言することを許可する。おもてを上げ、名を名乗れ」


 低く、冷たい声。肌がチリチリとしているのは、殺気を浴びせられているからだろう。

 返事一つで、首が飛ぶかもしれない。そんな状況だが、エルは臆することなく顔を上げた。

 玉座に座ることなく、その前で背筋を伸ばして立っている男性と視線が交じる。黄金の色をした髪に、燃え盛る炎のように赤い切れ長の瞳。顔立ちは彫刻のように美しく、それだけで迫力がある。


(この方が、ユリウス王)


 すう、と息を吸うと、エルは口を開いた。


「発言をお許しいただき、ありがとう存じます。わたくしは、クラルス王国第一王女、エル・リーゼロッテ・クラルスと申します」

「え!? クラルスの戦乙女って、王女様だったの!?」


 アルベルトの驚く声が響く。


「嘘でしょ、王女様が前線に立ってたなんて……びっくりだね、兄さん」


 あまりにも衝撃的だったようで、国王としてではなく普通に兄に話しかけている。

 けれど、ユリウスからは何の反応もない。切れ長の赤い瞳で、瞬き一つせずにずっとエルを映すばかり。見定められているのだろうか。

 アルベルトは訝しげな表情でユリウスの顔を覗く。


「ちょっと、兄さん? 兄さんも一応名乗らないと」


 それでもユリウスは答えない。ただただエルを見ているだけ。さすがに何かおかしいと感じ、エルは遠慮がちに「あの」とアルベルトに声をかけた。


「発言をお許しいただけますか?」

「そんなのいくらでも許可するよ。何?」

「先程から、陛下は瞬きをされていません」

「……え?」


 アルベルトがユリウスの前で手を振ったり、パン、と両手を叩いてみるが、やはり彼は瞬きをしない。


「本当だ、瞬きしてないし、しない。ねえ、兄さん。どうしたの?」


 右腕に触れたときだった。

 ユリウスはぐらりと後ろへ傾き、そのまま床に倒れてしまった。


「え!? 兄さん!?」

「陛下!?」


 この場にいたエル以外の全員が倒れたユリウスに駆け寄る。

 エルが見ている限りでは何もなかった。つまり、彼は敵にやられたわけではない。公表されていない持病でもあるのかと思ったが、誰も医者を呼ぼうとはせず。ユリウスに何が起きたのかと様子を窺っていると、アルベルトが深い溜息を吐いた。


「驚かせてごめんね。僕も訳がわからないんだけどさ。兄さん、気絶してるみたい」

「気絶、ですか」

「うん。呼吸はしてるし、脈は……何かめちゃくちゃ速いんだけど、動いてる」


 誰もが困惑している。弟のアルベルトですらも。

 まさか立ったまま、それも目も閉じることなく気絶していたとは。一体、彼に何があった。

 こういうときは、どのように声がけをするべきか。必死に思考を巡らせた末に、エルは遠慮がちに呟いた。


「その、器用な方なのですね」


 数秒ほど経ってから、アルベルトの笑い声が響いた。

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