器用な方ですね①

 城の外には、馬車が用意されていた。疲れているところに加え、このような夜更けに付き合わせて申し訳ないと、兵士達に頭を下げてから乗り込む。

 この場にアードルフの姿はない。娘がアウレア王国へ差し出されるというのに。こうして顔を合わせることができるのは、最後かもしれないというのに。アードルフにとっては、エルを差し出すと決まったのであれば、以降はどうでもいいのだろう。

 アウレア王国でエルがどのような扱いを受けようが、それすらも。


(……わたしがユリウス王の寝首を掻いたという報告だけは、期待してお待ちくださるかもしれませんが)


 このことを考えるだけで、呼吸が乱れそうになる。

 従うのは得策ではないと頭では理解していても、命令には従う、必ず遂行するという刷り込みが邪魔をしてくるのだ。

 ふう、と息を吐き出し、膝の上で両手を強く握り締めた。それよりも、重要な命令がエルには与えられている。この命令のことだけを考えればいい。自分自身に言い聞かせるように、心の中で何度も復唱する。


「エル、僕はついていくことが許されなかった。だから、ここまでだ。すまない、一人で心細いだろうに」


 詫びるレオンハルトに、エルは首を横に振った。


「いえ、ありがとうございます。……お兄様は、これからどうされるのですか」

「クラルスをこのままにはしておけない。何とかしたいと思ってはいてね。まあ、僕のことは気にしなくていい。エルは自分のことだけを考えるんだ」

「……ご無理だけは、なさらないでください」

「ああ、エルも」


 馬車が動き出す。後ろの窓からレオンハルトを見ると、彼は優しい笑顔を浮かべて手を振ってくれていた。

 エルは窓にそっと手を触れる。こういうとき、普通の妹であれば、悲しんだり、泣いたりするのだろう。感情を表に出すことを許されてこなかったエルは、こんなときでもただただ見つめることしかできない。なんて、薄情な妹。

 そんな薄情な妹に対し、レオンハルトは馬車が見えなくなるまで手を振り続け、見送ってくれた。

 今生の別れではない。きっと、また会える。エルは向き直り、背もたれに背を預けた。


「……エル王女、レオンハルト王子からお話は聞き及んでいます」


 護衛のために、エルの向かいに座っている兵士が苦悶の表情を浮かべながら頭を下げる。


「我々のために、申し訳ございません」

「頭を上げてください。謝るべきは我ら王族です。私利私欲のための争いを続ける王を止めることもできず、皆さんに無理を強いてきました」


 冷酷非道と聞くユリウス王だが、アードルフもなかなかのものだと思う。暴虐非道という言葉がよく似合うほどに。

 馬車馬の如く兵士を動かし続け、王族が見窄らしいなどありえないと国民から税金を巻き上げる。これでよく国としての体裁を保てているのは、兵士や国民からクーデターを起こす気力を奪っているからだ。


「ですが、エル王女がアウレア王国に……」

「わたしなりの、贖罪です」


 アウレア王国は、資源に恵まれていると聞く。ユリウス王に掛け合うことができればいいのだが、何せ今回の対立はクラルス王国側から仕掛けたもの。争う前に話し合うことができていれば、兵士や国民も多少は生活がしやすくなっていたかもしれない。それもアードルフの一存で潰えてしまい、ますます苦しさに拍車をかけることとなってしまった。

 心苦しく思っていると、エルを乗せた馬車はアウレア王国の門までやってきた。馬車が止まり、アウレア王国の兵士が御者に確認を取りに来る。


「我々は、クラルス王国の者です。クラルスの戦乙女をお連れしました」


 一瞬ざわついたが、既に話は通っているようで大きな門が開かれた。馬車が動き出し、いよいよアウレア王国へと入っていく。

 窓から見えた景色に、エルは思わず目を見開いた。

 夜更けで店は閉まっているが、街灯がそこかしこにあり明るく照らされている。街並みも非常に綺麗で、薄汚れていない。国全体が豊かである証拠だ。今が夜でなければ、街は賑わっているのだろう。寂れてしまったクラルス王国とは大違いだ。立て続けに起こす争いに、膨れ上がるばかりの税金。それにより、国全体から活気が失われてしまった。

 もっと見ていたいが、見ているとどうしてもクラルス王国と比べてしまう。エルは街並みを見ることをやめ、顔を俯けた。

 その間も馬車は走り続けていたが、しばらくしてゆっくりになり、やがて止まった。

 城へ着いたようだ。扉側の窓に目をやれば、アウレア王国の兵士数人と、少し長めの金髪を後ろで結んだ赤い瞳の男性が立っている。


「ようこそ、アウレア王国へ!」


 金髪の男性がニコニコと屈託のない笑顔を浮かべているが、目が笑っていない。歓迎の言葉を口にしてくれてはいるものの、エルを警戒している。

 馬車に乗っていた兵士が先に扉を開けて降りると、エルに手を差し出した。それを首を振って断り、エルは一人で馬車から降りる。金髪の男性の前へ行くと、背筋を伸ばしたまま片足を斜め後ろの内側へ引き、もう片方の膝を軽く曲げた。


「夜更けに申し訳ございません。また、協議に応じていただき心より感謝いたします」


 反応がないため男性を見ると、目を丸くしたまま固まっている。ここはカーテシーではなく、膝をつくべきだったかとすぐに右膝を地面につける体勢に入ったとき。頭上から「違うんだ」と男性の声が聞こえた。

 その声にエルがぴたりと動きを止めると、右肩に手が添えられる。どうやら、姿勢を戻してもいいようだ。背筋を伸ばし、男性を見る。


「膝をついてほしいとかではなくて。その、ものすごく綺麗だなって、つい見惚れてしまいました」

「……?」


 綺麗など、初めて言われた言葉だ。首を傾げると、彼は恥ずかしそうに顔を僅かに赤らめながら右手を自身の胸元へと当てた。


「では、仕切り直して。僕は、アルベルト・ハインツ・アウレア。ユリウス王の弟です。ユリウス王の元へご案内いたしますので、さあどうぞ」

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