クラルスの戦乙女

幸せとは①

「アウレア王国より、クラルスの戦乙女を引き渡す条件で停戦に合意すると連絡がありました」


 そう告げたのは、クラルス王国の第一王子であるレオンハルト・ドミニク・クラルス。

 緩やかなウェーブを描いたブラウンの髪は綺麗に整えられ、長めの前髪はセンターよりも少しサイドの位置で分けられている。今は僅かに顔を俯けているために前髪が顔を隠してしまい、アクアマリンの色をした瞳は見えない。両の手の拳を強く握り締め、小刻みに震えている。

 そんなレオンハルトとは裏腹に、豪快な男の笑い声と両手を叩く音が部屋に響いた。豪華な装飾品が施された椅子に一人腰掛け、アクアマリンの瞳を細めながら心底愉快だとでも言いたげに笑い続けている。

 この人物は、クラルス王国の国王アードルフ・ヴァクトア・クラルス。ブラウンの色をした髪は、肩で綺麗に切り揃えられている。


「くははははっ! 笑いが止まらん! 良い、良いぞ。アウレアの望むように差し出してやれ」

「お、お待ちください、父上! エルを差し出せと言われているのですよ!?」

「だから何だと言うのだ。差し出してほしいのだろう? 差し出してやるといい。なあ?」


 ここで初めてアードルフの瞳がこちらへと向けられた。

 クラルス王国の第一王女であり、クラルスの戦乙女の異名を持つエル・リーゼロッテ・クラルスへと。それと同時に、レオンハルトも顔を上げてエルを見た。口角を上げて笑っているアードルフとは違い、レオンハルトは悲痛な面持ちで瞳は揺れている。

 本当に、優しい方だ。そう思いながらエルは小さく頷き、口を開いた。


「はい。アードルフ様」

「……っ、よく考えるんだエル、君は……!」

「お兄様。わたしを差し出すだけで、アウレアとの争いは終わります」


 レオンハルトは六歳上の兄にあたるのだが、王族の中で唯一エルのことを考えてくれている人物だ。強く握り締められていた拳も、揺れていた瞳も。アウレア王国が出してきた条件に、怒りと悲しみを滲ませていたのだと思う。

 しかし、国王であり父親でもあるアードルフは違う。レオンハルトを差し出せ、という条件であれば怒り狂い、自身から掛け合った停戦協定を白紙に戻していたことだろう。だが、差し出せと言われているのがエルであれば話は変わってくる。

 アードルフは、エルを実の娘だと思っていないからだ。

 クラルス王国の王族は、ブラウンの髪、アクアマリンの瞳を持って生まれてくる。アードルフも、息子であるレオンハルトもそうだ。されど、娘のエルだけは違った。

 銀色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。理由はわからないが、両親にはない色を持って生まれてきた。誕生したその瞬間から、忌み嫌われる存在となってしまったのだ。

 母は産後の肥立ちが悪く亡くなってしまったが、父であるアードルフからは愛情を注いでもらったことはない。

 アードルフにとって、エルは厄介者でいつ死んでも構わないからだ。

 ただし、死ぬにしてもせめて国の役には立てと、起きている間は剣術を叩き込まれた。気味が悪いという理由から、感情を表に出せなくなった。自分の中にある喜怒哀楽がわからなくなって久しい。

 戦えるようになってからは「希有な容姿を目立たせて敵を引きつけろ」と戦場では常に第一線。そんなことを続けているうちに、周りでは「クラルスの戦乙女」と呼ばれるようになった。いつ死んでも構わない厄介者であるというのに、大それた名称だ。けれど、そのことを知ったアードルフは初めてエルを見て微笑んだ。

 こんなものでも価値がつくのだな、と。

 今回のアウレア王国が出してきた条件に、アードルフは喜んでいる。クラルスの戦乙女という価値が、アウレア王国でも認められたことを。

 エル自身は、この争いが終わるのであれば、アウレア王国に差し出されても構わないと思っている。

 兵士達は続く争いに疲弊し、国民達も食糧不足に苦しんでいる。これ以上争っても、クラルス王国には利がない。とはいえ、エルには何かを進言する権利は与えられておらず、許されているのは命令に従い遂行することのみ。レオンハルトも反論はするものの、結局はアードルフには逆らえない。

 それならば、アウレア王国が出した条件を呑むしかないと思った。この身をもって争いに決着がつくのであれば。国のため、兵士のため、民のためになる。エル自身はどうなってもいい。ずっと、そのような人生だったのだ。なんてことはない。そう思って返事をしたが、アードルフは衝撃的なことを口にし始めた。


「そういえば、ユリウス王はいまだに独り身だと聞く。うまいこと取り入って、寝首を掻いてしまえ」


 停戦協定を結ぶというのに、ユリウス王の命を奪ってしまえばどうなるか。

 頭では理解していても、アードルフの命令には従うよう幼少期から刷り込まれてきたエルには否定できない。すぐさま返事をしようと口を開く。


「は……」


 何故だろうか。いつものように「はい」と即答ができない。アードルフはそんなエルを見て苛立ったのか、肘置きを右手の人差し指でコンコンと叩き始めた。

 返事をしろと急かされている。早く、早く答えなければ。そうわかっていても、声が出ない。

 脳裏によぎるのだ。疲弊した兵士達が。栄養不足で細くなってしまった国民達が。

 止めなければ。命令に従わなければ。その二つの想いがエルの中でせめぎ合っていると、レオンハルトが声を荒げた。

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