第2話 仕事帰りの車内

 車に揺られながら対面に座るベルを見る。

 筋肉質な腕を組み、目を閉じている。


「なんだ」

「別に」

「ふん」


 僕が見ているのを、見えてもいないのに理解している。

 これは彼女の感知能力の高さの他に、契約者との繋がりが関係している。


 ベル……いや、ベルフェゴールは魔剣だ。


 鉄鞭の魔剣と同じように空から飛来した流れ星であり、これまでの魔剣と同じようにダンジョンを作り、暴れた。

 それもただのダンジョンではなく、巨大な塔を形成した。

 ダンジョンの大きさとは、その流星の持つ魔力に比例する。

 かつてないほどのサイズのダンジョンを作ったベルは、伝説級の化身として【怠惰の星】と呼ばれていた。

 ダンジョンに侵入した瞬間から倦怠感と脱力感に見舞われたのが呼び名の原因だ。

 多くの犠牲者を出しながらも封剣され、呼び名の通りに【怠惰の魔剣】と命名された。

 後にその剣は紆余曲折あって祖母の手に渡り、『躾たる』と言う祖母の手によってなんと封剣が解かれた。

 当然ベル大暴れし、そして祖母にボコボコにされた。


「あ、ばあちゃんからメールだ」

「うげっ……」


 なのでベルは祖母が苦手だった。


「今度の休みは顔出せってさ」

「行きたくない」

「最近頑張ってるから褒めてくれるよ、きっと」

「やだ」


 僕の倍くらいある高さと幅と厚みの癖に駄々をこねる幼女みたいになっていた。


「【七罪しちざい】の魔剣とは思えない姿だね。写真撮っていい?」

「ぶっ飛ばすぞ……」


 口は悪いが覇気がない。

 そんなやり取りをしていると運転席から声を掛けられた。


「そろそろ本部へ着きます」

「了解。やっとこの拷問から解放される」


 荒地を駆け抜ける振動によってシバかれ続けたシリーズを労わりながら、魔剣収容席に補完されている鉄鞭の入った箱を見る。


「午後は鉄鞭の魔剣との面談があると思うから、ベルは好きに過ごしてていいよ」

「いや、同席する。いつも言ってるだろ」

「……」


 化身の姿となり、暴れる魔剣は封剣される。

 そして魔剣はベルのように人の姿へと変わることができるのだ。

 これも封剣術の一種だ。

 そうして封剣され、人化した魔剣とは必ず面談をすることになっていた。

 何故ならば、ベルのように封剣されても暴れる者もいるからである。

 敵対するようであれば、その場で……ということも少なからずあった。

 そうならない為に、させない為に説得するべくベルはいつも同席してくれていた。


 一際強い揺れの後、車が停車する。


「到着しました」


 その言葉と同時に後部ハッチが開かれる。

 少しの眩しさに目を細め、ぼやけた視界に1人の男が立っているのが見えた。


「ふぅー……」

「人の顔を見て溜め息とは、私のことを舐めているようだな、群星隊員」

「舐めるも何も家族でしょ、兄さん」

「だーから職場では群星上官と呼べと何度も何度も言ってるだろ、昴!」

「はいはい」

「こいつは……っ」


 一発お見舞いしてやろうと振り上げかけた拳を収める兄さん。

 周りの目があるからね、しょうがないね。


「ニヤニヤすんな!」

「ははっ」

「ったく、もういい。はよ行け」

「は~い」


 こんな態度だけど別に本当に舐めてる訳ではない。

 小っ恥ずかしいのだ。

 頑張ってる兄さんは誇らしいし、尊敬している。

 ただ、それに僕が追い付けていないのが恥ずかしく、そして癪なのだ。

 兄さんは……群星むりぶし銀河ぎんがはまさに主人公だった。

 僕よりも色濃く受け継いだ祖母の血が出ているから、誰よりも強かった。

 でも兄さんはいつも言う。


 俺よりお前の方がとんでもなく凄いんだ、と。


 それが受け入れられず、気恥ずかしいのだ。

 だから僕は兄さんに対して対等を演じたくて、背伸びをしていた。


「お前はいつも頑張ってるよ」

「うるさいな……」


 バシンと背中を叩くベルに悪態をつきながら、僕達は面談室へと向かった。

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