第三条『思考浄化室』

 思考浄化室。それは、完全な虚無だった。

光がない。音がない。匂いもない。重力さえ曖昧になるほどの、絶対的な無。五感が奪われ、意識だけが黒い水の中に沈んでいく。ここでは、時間の感覚すら意味をなさない。数時間なのか、数日なのか。

俺は、自分という存在の輪郭を保つため、必死に記憶をまさぐった。父の顔、母の作った食事の味、友人たちとのくだらない会話。それら全てが、この学園が「不純物」として消し去ろうとしているものだ。失ってたまるか。俺は、俺だ。生徒番号441じゃない。

ふと、号令寺響子の言葉が蘇る。

『生き延びろ、転校生。あれは、お前へのテストだ』

テスト? 一体、誰の? 彼女の言葉は、俺を罰するためではなかったのか?

混乱する思考の中、もう一つの光景が浮かび上がる。生徒番号777の、あの嘲笑うかのような瞳。

そうだ、あの紙片を滑り込ませたのは、彼女に違いない。彼女が、俺を試したんだ。

どれほどの時間が経っただろうか。不意に壁がスライドし、眩い光が俺の網膜を焼いた。

「生徒番号441。罰則期間は終了した。ただちに授業に戻れ」

数日ぶりの声は、耳に痛いほど響いた。体は鉛のように重く、足元がおぼつかない。だが、俺の心は折れていなかった。むしろ、あの闇の中で、研ぎ澄まされていた。

教室に戻ると、何もかもが以前と変わらない、統制された日常がそこにあった。俺が数日間消えようと、この精密な機械の動きには何の影響もない。

だが、一つだけ違っていた。

俺の机の上に、一冊の真新しい教科書が置かれていた。その表紙の裏に、貸与品管理用のバーコードシールが貼られている。そのシールの下に、髪の毛ほどの細い線で、数字が刻まれていた。

『000-L-3』

暗号だ。俺は直感した。

『000』はおそらく生徒番号。『L』は図書室の蔵書コード。『3』は3番目の棚。

放課後、俺は図書室へ向かった。指定された棚には、学園長の著作が並んでいる。その3番目の本を手に取り、ページをめくる。何も変わったところはない。

いや、違う。一か所だけ、ページの隅に、肉眼ではほとんど見えないほどの小さな染みがあった。俺は指先でそっと触れる。それはインクの染みなどではない。乾燥した、血液の痕だ。

そのページに書かれていたのは、学園の歴史。そして、三年前の記述。

『同年、教育プログラムの最適化に伴い、基準値に満たない生徒一名を『存在抹消』。記録番号000』

生徒番号000。

心臓が凍りつく。俺は、この学園の最も深い闇に触れてしまった。

寮へ戻る途中、俺の前に生徒番号777が、まるで待ち伏せしていたかのように立っていた。

周囲に誰もいないことを確認すると、彼女は初めて、学園指定外の手信号を使った。その滑らかな指の動きは、まるで一つの言語のように、雄弁だった。

『彼ノ名前ハ、零(ゼロ)』

『号令寺響子ノ、双子ノ弟』

『三年前、コノ学園ニ殺サレタ』

息が、止まった。

彼女は、なぜそれを知っている? なぜ、俺に教える?

俺が問い質す前に、彼女は再び完璧な模範生に戻り、無表情のまま去っていく。その背中を見つめながら、俺は理解した。

彼女は、俺を協力者として選んだのだ。

この鋼鉄の檻を内側から破壊するための、共犯者として。

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