第5話 税理士会からの電話

『沈黙の夜・後日譚 ―静かに落ちた一滴―』


沈黙のまま眠っていた書類の横で、彼のスマートフォンが震えた。

画面に表示されたのは——「北陸税理士会」。


胸の奥で、どこか冷たい感覚が走る。

それでも、彼はゆっくりと通話ボタンを押した。


受話口から聞こえてきたのは、落ち着いた声だった。

形式的で、淡々としているようで、それでも言葉の端々に重みがあった。


「社内での情報共有は——ありえることです。

大きい税理士事務所であれば、資料を複数の職員が目にすることもあります」


その言葉を聞いた瞬間、彼は一度だけ目を閉じた。

予想していた答えだった。

しかし、続く言葉はまるで静かな刃のように耳に刺さった。


「ただし——

第三者に漏らすことは、当然ながら違反です。

まして担当税理士にも知らせず、勝手に情報を開示するなど……

それは明確に規定に反します」


一瞬、時間が止まるようだった。

電話の向こうの声は、そこから先へ踏み込む気はないようだった。


「ご確認いただければ、それで結構です」

そう言うと、相手はそれ以上何も話さず、通話は静かに切れた。


短い時間だった。

けれど、そのわずかなやり取りで十分だった。


——実際に“違反行為”であることがわかった。


電話の音が消えたあと、部屋の静けさが戻る。

昨夜の紙が机の上で風もなく横たわっている。


彼は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

怒りでもなければ、安堵でもない。

ただ、事実だけが胸の中に落ちていく。


声を荒げる必要はない。

今、動く必要もない。

今日得た確信は、「今後の展開」のためにそっと胸の奥にしまっておけばいい。


——真実は、急に暴かなくてもいい。

明確な“違反”の線だけ、静かに押さえておけばいい。

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