名探偵ささやきさんの名推理を聞けるのは助手の僕だけ。

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話

 カフェのテラス席で。

 都会の喧騒の中、消子さんが目配せをしてくれた。

 いつものことだと、ちょっとわくわくしながらいつも通り目じゃなくて耳を向ける。

 『あのね、気になったことがあるの。』

 小さく、か細く、遠慮がちで可愛い声。けど、名探偵の消子さんが『気になった』と言うのなら、それは事件の可能性が高い。

 もうポケットのスマホは構えていつでも110番出来る。それを見て消子さんが慌てた。

 『あ、そんなに身構えないで!気になっただけだから。まだ警察を呼ぶかはわからないから。聞いてもらって、いい?』

 コクコク頭を縦に振って肯定する。

 『ふふ、いつもありがとう。じゃぁあっちを見てくれる?

 そっちじゃないよ、ほら、道路の向こう、右の方。

 大きな時計があって、その前に重そうなバッグを持った女の人がいるでしょ?あの人が気になるの。』

 見つけた。重そうなバッグを肩に掛けて、逆の手にスマホを持って腕時計を見ながらキョロキョロ見回している人。

 待ち合わせかな?

 『待ち合わせしてる人だと思ったんでしょ?でも、ちょっと、不思議じゃない?』

 なんだろう?わからない。

 『目の前に大きな時計があるのに、腕時計を何度も何度も見る必要なんて、普通ないでしょ?』

 あ、本当だ!

 手元のスマホと時計を見比べる。時間は正確で壊れている様子は無い。

 『せっかく正確な時計があるのに、腕時計を見る理由、なーんだ?』

 新品の時計が素敵で、何度も何度も見たいから?

 『ふふっ、その推理はとっても楽しくて素敵だけど、今回は多分違うかな?

 ほら、気付かれないように腕時計を見てみて。多分あれ、時計型の携帯端末だよ。』

 探偵助手らしく、さり気なく腕時計に注目する。確かに、広告で見た時計型の携帯端末に似てる。

 『スパイ映画みたいでかっこいいなー、買おっかなー、と思ってたから直ぐに気付いたんだ。

 さぁ、助手君。あの時計が携帯端末なら、彼女はとっても不思議です。それは、なんでしょう?』

 悪戯っぽく僕に問いかける。こっそり見て、考えて、思いついた。

 ……スマホと携帯端末を同時に持ってる?

 『そうそう、そこが気になったの。どっちか一つだけ操作すれば良いのに、なんで二つ持ってるのかな?しかも両方とも同じ手で持って。』

 ……仕事用とプライベート用、とか?

 『あのバッグ、仕事道具って感じじゃないよね?じゃあプライベート?

 それなら、仕事用の端末なんてしまっちゃった方がいいよね?』

 急な仕事の電話が、あるかもしれないから持っている、とか?

 『それはありそうだね。平日の昼過ぎに急用でお休みを貰って、ここに来た。だから二つ持っている。

 それは不思議なことじゃないね。うん、自然なことだよ。でも、全部見ると、不自然で、不思議で、そして一つの可能性にたどりつくと思うよ。』

 それじゃぁ、なんで不思議だと思うんですか?

 『バッグ。』

 バッグ?

 『そう、バッグ。

 助手君は、私と温泉旅館の事件を解決する時に着替えのセットをバッグに入れて持ってきたことがあるよね?

 その時、タクシーが来るまで私の荷物と自分の荷物を持って事務所の前で待ってくれてたけど、その時君は荷物をどうしていた・・・・・・?』

 ……自分の荷物を足元に置いて、消子さんの荷物は手に持ってました。

 『正解。でも、なんで両方とも地面に置かなかったの?私の荷物、重かったでしょ?』

 それは出来ない。だって消子さんのものは大事だから、万一盗まれでもしたら大変だから。

 『そう。大事なものはどんなに重くっても手に持っておく。盗まれたら大変だから。

 じゃぁ、あの人のバッグはよっぽど大事なものなんだろうね。』

 何か、引っかかる気がした。

 『引っかかってるみたいだね、じゃぁ、大ヒント。

 さっきから、君の後ろの方の席に座ってる怖い顔の人が、そのバッグをじっと見てる。

ハイ、怪しまれないように鏡をどうぞ。』

 消子さんのコンパクトには、いかにもな顔の男が目を血走らせている姿が映っていた。

 『端末を二台持ちしてて、大事なバッグを抱えて、誰かを今か今かと待っていて、しかもその人は落ち着きがない。そして、それを遠くから見張っている人がいる。

 そう、多分これ、誘拐事件だよ。しかも、近くに刑事さんがいないから、警察はこのことを知らないと思う。』

 血の気が引いた。

 「あ、だめだめ。ここで見張っている人がいるってことは、他に人質を取ってる人もいるはずだよ。慌てて電話したら他の犯人に気付かれちゃう。だからさっき電話を止めたんだよ。

 ほら、落ち着いて、自然に退店しよう。」

 残っていたコーヒーをコクコク飲み終えると、消子さんは僕の手にしがみついて耳元で囁いた。

 「さぁ…ジョー君行こっか。デート♪デート♯デート💗

 ほら、怪しまれないように助手君も。デート♪デート♯デート💗」

 デート♪デート♯デート💗



 この後、警察に電話して犯人は無事逮捕。

 名探偵笹屋木ささやき消子しょうこの新たな活躍になった。

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名探偵ささやきさんの名推理を聞けるのは助手の僕だけ。 黒銘菓(クロメイカ/kuromeika) @kuromeika

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