第11話 雲は泣く・二

 一樹が隠れ場から去った頃に、その端で木の下が不自然に揺れた。そこには、月見が、木の陰に隠れて座りこんでいた。


「……そうか、結局、君も僕も、なりたかった相手にはなれずじまいか。それでも、生きようというのか」

 こらえきれない、といった様子で月見は吹き出し、小さく笑う。柔らかく目を閉じて、手で右頬をぬぐった。

「いや、最後まで、君といて退屈しなかった。良かったよ、君も――」

 雨音が一層激しくなり、ささやかな旋風の音がする。“雲”の指先が霧となって、身体が徐々に霞んでいく。

「――僕が綺麗と思う、人間の、泥中で咲く意思を得ることができて」

 ごおっという音とともに風が吹き荒れ、月見が霧となってさらわれた。梢がざわめいて一枚の葉がひらめき、ゆっくりと落ちていく。それが柔らかく地に降り立った時にはもう、静けさが空気に張り詰めていた。


 涼しい秋の風が、雨の香りをのせて消えていった。

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降らない雨を僕だけが知る夏、雲の君と願った夏 白湯の氷漬け @osuimono_gubi

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