誕生日
ヤマ
誕生日
役所の窓口で手続きをしていると、職員がにこやかに言った。
「あ、今日、お誕生日なんですね。おめでとうございます」
祝福の言葉に対し、一瞬の間を置いた後、祝われた男は躊躇った様子で尋ねた。
「……あの、前から気になっていたんですが……」
「はい」
「何故、『おめでとう』なんでしょうか?」
「……はい?」
男は、疑問を口にする。
「何も成し遂げていないのに……、いや、成し遂げた人もいるかもしれませんが、大抵の人は、ただ年を取っただけでしょう? それなのに、何故、『おめでとう』なんでしょうか?」
職員が一瞬、目を細める。
「あ、変なこと言ってすみません! 忘れて——」
「なるほど……」
訂正しようとしていた男は、職員の様子に黙り込む。
「よく、お気付きになりましたね」
「はぁ……?」
「では、あなたには、真実をお伝えしましょう」
戸惑う男を余所に、職員は、机の下から分厚い書類を取り出した。
「これは……?」
「名簿です。今月がお誕生日の方の」
「……そんなもの、部外者に見せて良いんですか……?」
「一応、気付いた方には見せても大丈夫ということになっていますので」
「そうですか……」
男は、書類をぺらぺらと捲る。
「……確かに。僕の名前もありますね。マル印が付いてますけど……、これは?」
「合格した方、とでも言えば良いでしょうか……」
「合格……?」
「誕生日というのはですね」
職員は、相変わらず、にこやかな顔で言った。
「次の一年を生きる資格があるかどうかの結果発表の日なのです」
「……え?」
「混乱されるのも無理はありません。しかしながら、真実というのは、我々の認識とは無関係に存在します。ですから、まずは、というか、結局のところ、受け入れるしかありません」
「……」
「前の誕生日からの一年間が、査定期間といったところですかね。日頃の行い、と言うとわかりやすいでしょうか」
「誰が査定してるんですか……?」
「『上』とだけ申しておきましょう」
「……」
「とにかく、合格された方については、周囲の方によって、その旨が通達されるようになっています」
「通達?」
「周囲の方の無意識に働きかけて、合格者にお伝えする形、とのことです」
「……え、じゃあ、『おめでとう』って言うのは……」
「そうです。『上』からの祝辞ですね。今回は、私の無意識に干渉があった結果、あなたにお伝えした、ということなのでしょう」
絶句する男。
そうなるのも、無理はないだろう。
「……それじゃあ、このバツ印は……?」
男の問いには答えず、職員は、フロアの隅に目を遣った。
そこでは、黒服の職員が、ドアの前に並ぶ列を捌いていた。
列の先にあるドアが、どこに続いているのかはわからない。
列の傍、案内の看板には、こう書かれていた。
「お誕生日に『おめでとう』と言われなかった方は、こちらにお並びください」
窓口の二人から目を逸らし、手続きを終えた私は、諦めて列に向かう。
心のどこかで、祝福を待ちながら——
誕生日 ヤマ @ymhr0926
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます