第26話 野営
この季節の星空は、よく見える。
体を震わせ、解体した座布団の綿を入れた上着を引き寄せ、焚き火を見ながら考える。人間の部下も欲しいところだな。今日一日で、どれだけの戦訓がたまったか。これまで得られなかった実戦での知識やコツが、一気に手に入ったような気がする。
軍の指導が合っていたところと、合っていなかったところの両方があった。
軍の指導で合っていない部分は色々あるが、一番大きな点は獣人の運用だろう。軍に二割もいる彼らを効果的に使えば、軍はもっと強くなれる。同様に、思わぬ弱点と思われる部分も多かった。特に獣人の持久力の低さだ。知識として知ってはいたが、いざ負け戦になって長時間行動を矯正されるとその弱点は非常に目立った。また概念の理解力も、人間と獣人では大きく異なる。いままで人間に合わせてもらうか、またはだましだましやってきたが、麦姫兵長の動きを見る限りは軍という人間向けの組織という枠では不適切なようだ。
獣人という種族というよりも兵種について、その運用法を根本的に変えるべきなんだろう。
そのあたりの研究をやりたい。実にやりたい。兵種ほどの大きな括りでの研究となると軍大学とか参謀本部に属しないとできないよな。どっちも軍を左右するような選良(ルビ:エリート)の部署だ。うまいことそこまでいけないものか。うーむ、あと二〇年かそこらはかかりそうで、しかも随分と活躍しないとたどり着かないような気もする。
それじゃ遅すぎるよな。少なくとも今の戦争には、なんの役にも立たない。
ため息をついていたら、麦姫兵長が寄ってきた。風圧で耳が広がるほどの勢いで俺の横に座る。まったく目の大きな娘だ。焚き火を映していてとても美しい。
足元に虎次郎軍曹を侍らせてなでなでしながら麦姫兵長を鑑賞できたら楽しかろうなと、ちらりと考えた。まったくけしからん願望だ。獣人を一番嫌ってそうな連中よりひどいことを考えているな。人間に置き換えて考えれば、その背徳の具合も分かろうというもの。
「あ、あの」
「どうした」
「種付けをしませんか!」
「しないよ!?」
おっと思わず面白い声が出てしまった。中尉としての威厳が損なわれてしまう。俺はわざとらしい咳を何度かしたあと、火の側においていた金属の水筒から水を飲んだ。ぬるくてうまいが、もっと暖かい水が飲みたい。
「あーえーと」
耳が震えるほど傷ついた麦姫兵長の顔を覗き込んで、俺は説得するように口を開いた。
「兵長。作戦行動中にはそういうことをしないもんだぞ」
「でもゼフィールさんは作戦時でなくても私に種付けをしていません」
どういう反論だよと思ったが、彼女的には筋の通った反論なんだろう。多分。俺はそうだなあと考える。
「じゃあ言い直す。軍務中にはそういうことをしないもんだぞ」
「ゼフィールさんは休暇中遠くに行っていたじゃないですか!」
「遠く? ああ、故郷か」
なるほど。彼女はつまり、俺に種付けをしてもらいたいわけだ。いやそう言ってたな。俺も混乱している。麦姫兵長は人間基準でいうと顔が整った見目麗しい女性なのだが、種付けと連呼すると違和感がすごい。いや、獣人としては妥当なことを言っているのかもしれないが、人間基準だと、びっくりではすまないな。
小説と挿絵が全然合ってないような、そんな感じだ。
「麦姫兵長、階級をつけないか」
虎次郎軍曹が、そんなことを言った。論点はそこではない、と思いつつ虎次郎軍曹が話し自身を遮らないところを見ると、このやりとり自体は獣人の文化としては別に間違ってもいないし、おかしくもないのだろう。
いやー、毎日獣人と付き合ってるんだが、それでも驚くことばかりだ。毎度種族同士のその溝の深さに、びっくりする。
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