第24話 待ち構えても敵はこず
待ち構えていたら敵が来ない。
実戦どころか大規模演習でもよくある、と言えば良くある話ではある。エーベルバッハが首をひねりながら出した推論は途中の集落での虐殺だった。
もっとも俺は、敵がそんなことはしないだろうと半ば確信を持っていた。あの規模の集落では四万人どころか四〇〇〇人の水も食料も補給できないだろう。士気もそんなに下がってないだろうから略奪させて部下を楽しませる必要もあるまい。
そもそも軍隊というものは、勝っている間は寛大なものだ。捕虜や民間人への扱いが手荒くなるのはだいたいいつも追い詰められたときと決まっている。俺の領地に跋扈する匪賊がまさにそんな感じではあった。まあ、だからといって見逃すようなこともないのだが。
「道を無視して移動する可能性はどれくらいあると思う?」
「敵がこのあたりの地理に詳しいか、どうかですな」
エーベルバッハは少し考えた。
「ワイベスヘルが捕まって地図を奪われた、とか」
「あるかもしれんが、考えたくはないな」
こっちの人数は非常に少ない。しかも大休止しないと、とても戦えないくらいに疲れている。それでも戦い続けられているのは、敵が道沿いに移動しているという前提があるからだ。それがないと、もうお手上げだ。敵がどこに出てくるかわからなくなる。
「虎次郎軍曹」
虎次郎軍曹がやってきた。十分に休めたような、そんな動きをしている。一度伸びをして、もとに戻った。ここだけ切り取ると可愛らしいのだが、多分今日一番敵を殺している。
「およびで」
「敵を待っているのだが、やってこない。やりたくないが捜索がいる」
「鹿人がいりゃいいんですが」
「まったくだ。だが、ないものはないのだ。捜索に使えそうなやつを集めてくれ、八人ほどいる」
「承知しました」
やり取りを横で見ていたエーベルバッハ軍曹が、不思議がった。
「捜索と偵察の違いが分かってるんですか」
「もちろんだ」
「連中は良くわかりませんな。なんというか、ちぐはぐで」
そりゃ俺だってそう思っているのだが、使えるならなんでも使うべきだろう。ないものはない一方で、あるものはあるのだ。獣人には人間とは違う形の知性がある。今はそれを最大限利用するべきだろう。
虎次郎軍曹が選びだした犬人を使って捜索を行う。麦姫兵長もその一員だ。犬の獣人たちの中でも鼻が効くので、という話だ。送り出すのに躊躇したが、送り出してしまった。
彼女が犯されて死んだとかあったら、俺はどれだけ傷つくだろうか。
考えただけで震え上がりそうな話ではある。とはいえ、軍人にとっての命の選別は、神聖なものだ。そこで私情が挟みだすと、急に命を賭ける連中が減る。人間でも、獣人でも。
待つことしばし。もう午後か。
時計を見ながら、今日はどこで野営するかを考えだす。まだ今日を生き延びたとまでは言えないのだが、計画だけは立てておかないと、その時になって苦労する。戦闘で生き延びて野営をうまくできずに凍死するというのは、間抜けがすぎるので遠慮したい。
犬というか、獣人の遠吠え。人間の声よりはるかに遠く響くので、遠距離通信手段としては優秀だろう。民間人を不安にさせるので、大っぴらには使えないのだが。
「なんと言っている?」
そばにいる犬人に尋ねた。麦姫兵長の代わりに遠吠え翻訳係を務めるのは中隊本部で会計を行っている者だった。高齢だという。
「中尉殿に連絡せよと申しております。内容はこうです。敵、大隊本体ト接触セリ。奮戦虚シク大隊長は戦死サレタ」
「位置はどこか分かるか」
「わかりません。捜索を戻しますか」
「戻してくれ」
人間にもかなりの数がいるのだが、地図が読めない。現在地が分からないという者は多い。感覚がなまじ優れて、広域を記憶できる種類の獣人だと、特に地図を理解できないものは多かった。犬人の多くがそれで、目で見えるなにかというよりも、匂いで覚えていることが多かった。人間とは文字通り見えている世界が全然違う。というわけだ。
しかしそうか、大隊長は戦死なされたのか。
思いの外、悲しい気分になった。良い上司になったかもしれなかったんだが。
長い溜息ひとつ。気持ちを切り替えよう。
敵が圧倒的優勢で、こっちは完全編成ですらない国境警備大隊一つだ。目標も実現できるとは到底思えない次元でかなり高く設定されている。詰まるところ無茶をせざるをえない。その結果が出た。というだけだ。
どうあれ分かっていることは一つ。敵がどこにいるか分からないということだ。四〇〇〇人もいるんだから遠くからでも分かりそうなものだが、現実はこうだ。四〇〇〇人の敵を俺の中隊は見失い、情報は錯綜し、ぐちゃぐちゃだ。
部下と合流したら、陣地を捨てて移動だな。時間稼ぎする必要がなくなってしまった。
懐中から時計を取り出して眺め、自分の稼いだ時間と、大隊がどこで進発したかを考える。
街から進発して五時間ちょっとが経過している。
我が中隊は一時間は稼いだ。少なくとも敵の一部の足止めには成功した。敵全体も二、三〇分は足止めした可能性が高い。敵に接敵するまで二時間ちょいかかっているから、合わせて三時間。これに加えてワイベスヘルのおかげで逃げるはめになり、その後二度目の戦いをやって、移動して休憩して再配置するまでに二時間ほどかかっている。
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