第23話 戦場のため息
「中尉、ため息がでていますが」
「ああ? すまんすまん。つい、な。別に兵長が悪いわけではない。ということで話は終わりだ。軍務に戻りなさい」
兵長は謎ルールとか病気とか呟いている。気にはなるが、作戦中だ。一度気分を切り替える。
兵長も、戦いの心理的負担をどうしもないことを考えることで紛らわせているのだろう。俺もその口だ。部下を殺すようなことをしたら、そりゃあ現実逃避したくなる。現実逃避の結果、注意力散漫になって死ぬ可能性があったとしてもだ。人間の心はそこまで強くはない。
休みながら敵を求めて歩く。
情報通りならあと一、二回は戦闘機会もあるだろう。一回は戦って時間を稼ぎたい。逆に言えば一、二回の戦闘が限度というところだ。獣人の身体能力は大変に優れているが、持久力についていうと、それほどでもない。というよりも、大抵の人間のほうが優れている。
現状、休み休みやっているが、そのうち疲れて敵軍に追いつけなくなる。猶予はあまりない。
経路を変えて短絡し、敵を待ち構える形で移動し直す。道を通らず、荒野を行く。
水不足で田園にできていない場所は、人の手が入っておらずに歩きにくい。切り株が多い場所と比べて背の高い草がたくさんあるのもその理由だ。毛の長い獣人はこれといって気にしてなさそうだが、毛が少ない人間や人間よりの獣人は草を刈って、踏みつけながら歩くことになる。
「この辺で待ち構えるか」
道から一〇〇歩ほど離れた叢に陣地を作る。陣地と言っても防御物はなにもない。土嚢を積んで銃撃対策をしたいが、それをやっていると敵がやってくるだろうし、獣人の体力が続かなくなる。獣人はすごいが万能でもないし、人間は圧倒されるというほど弱くもないのだ。
刈り取った草を集めて、束ねる。生えていた草と言っても黄色く、ひどく乾いていた。山の南側にあたるこっちは雨が殆ど降らないのだから当然だろう。
気休めだが、火計をやるか。
乾燥しているからよく燃えるだろう。匂いに敏感な獣人も、敵側にはいないことが分かっている。ならば火計も少しは有効だろう。
もっとも、草というものは燃えやすくはあるが、炭や石炭と比べて、そもそも火力が高くはない。それにすぐ消える。せいぜい敵を煙に巻く程度だ。いや、逃走を考えるのなら、十分に有用なのだが。
草を運ぶまでは獣人がやって、その後の準備は人間がやった。エーベルバッハたちへの罰に見えないよう、俺も参加する。獣人たちは休憩だ。持久力がない彼らだが、回復力は高いので、休ませればまた戦える。
「敵が来ませんな」
エーベルバッハの言葉に、我に返る。
考え事もせずに無心に作業をしていたら、いつのまにか火計の準備ができてしまっていた。めでたい話ではあるのだが、確かに敵の到着が遅いような気がする。
「まさか敵はとっくの昔に過ぎ去ったとかないだろうな」
そう言ったら、エーベルバッハは地図を広げて見入っている。
「現在地はここだと思われます」
「そうだな。俺の見立ててでも同じだ」
「前の交戦地点がここでしたから、敵が道沿いに動く限りはこう」
エーベルバッハは予備の紐紐を取り出して、地図の上にうねる道に這わせて、伸ばした。これで移動距離を出せる。
「直線距離だとこれだけになります」
「とっくの昔についてないとおかしいな」
「はい。我々はかなり休憩をしておりますから」
見落としはないかと二人で地図を見る。道の上にあるものと言えば集落が一つ、それだけだった。
「なにかあったとすればここだが」
「ここは確か、五十人ばかりが住んでいたはずです。生業は薬草取りだったかと」
未だ、薬草園で育てることができていない薬草は数多い。このため薬草取りという職業はこれだけ科学が進歩しても、まだ存在する。
「何の価値もない村だ。敵が占領するにしても、そんなに時間はかからないと思うが」
なにげに同じ人間相手にしかできない相談をエーベルバッハにした。獣人は占領という概念が良く分かっていない。もっというと、領地という概念が薄い。このせいで昔はとにかく獣人と人間が衝突したと聞く。人間の農地に獣人が入ってきて農作物を盗んでいってしまうのだ。問い詰めると昔からここに住んでいたからとかいう。領域だけでなく土地の私有という概念も薄い。
「そうですな。あまりぞっとしない話ですが、住民全部を殺したとしてもそんなに時間はかからないでしょう」
「ああ」
書籍化決定:シートン動物戦記 芝村裕吏 @sivamura
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