第13話 構え、撃て
「構え! 撃て!」
膝立ちの姿勢で横一列に並んだ兵が歩兵銃を発砲する。
指示した直後に轟音がした。冬の射撃音は遠くまで響く。この距離でも寅次郎軍曹が顔をしかめているのが分かった。まあ許せ。俺の方はパンをくすねていて、それを耳に詰めていた。これがないと、歩兵科士官の職業病である難聴にすぐかかってしまう。アルバにあるコルクという木の皮がそれはそれは耳栓にいいらしいので、そのうち取り寄せて使ってみたい。
発砲時に発した煙が、風によって動いていく。ワイベスヘル少尉が次発用意と声をかけるのが見えた。敵は一度の射撃でそれなりに倒れたようだ。一〇人程度は倒れたか。こっちが四〇に満たない銃でやっているんだから一〇人の成果は上出来だ。銃の射程内で立って動いているのは半分といない。第三小隊、戻れ。と声を出す。大声でもなんでもないが、麦姫兵長の耳には届いていたらしく、人間から見るとばらばらに動いているように見えた第三小隊が組織だって動くのが見えた。
どうでもいいが麦姫兵長は中隊本部付けのはずだ。それがまたなんで第三小隊の最前列で戦っているんだか。獣人はこう。組織というのが苦手でちょいちょいこういうことをやらかしてしまう。
まあ、小言はいいか。
一発は相手に撃った。この辺でもう、逃げたい。今ならほとんど無傷だ。逃げなければ敵は本気を出して潰しに来る。
逃げたい。自分の性格的にできもしないことを思う。それが無理なんだな。二時間とは言わないが、一時間位は足止めして稼ぎたい。そのへんが俺の愛国精神の際(ルビ:きわ)だ。そこまでは俺が死んでも、部下が死んでも、やりきりたい。素人から見てそんなに差があるのかと言われるかもしれないが、俺には違うんだよと言い返したい。願わくば、稼いだ時間を有効に使って欲しい。
喉まででかかった撤退指示を飲み込んで様子を伺う。敵の猟兵が破砕されたのを見て、予想通りというか、敵はこっちへの対応を決めたようだ。こっちの銃兵の規模は分かっているはずなのに、かなりの部隊を割いて向かわせてきている。どれくらいだ。ぱっと見一〇〇〇とか言いたいが、恐怖心は敵を大きく見せる。半分かもしれない、もっと少ないかもしれない。
「撤退を!」
ワイベスヘル少尉が、俺の心の弱い部分を代表するかのように、そう進言してきた。分かるよと言ってやりたいが、そうじゃないんだよ、少尉。
「命令は敵の足止めだ。小隊指揮に専念せよ」
「敵はすごい数です!」
「なあ少尉。そろそろ分かれ」
「何をですか」
「敵が多いから撤退とか。軍隊ってところは、そうじゃねえんだよ。軍隊ってのはもっと大きな規模で目標を達成するためにあるんだよ」
「この敵の数で時間稼ぎなんか無理です」
「それを決めるのはお前じゃない。二度目だ。少尉。命令に従え」
死ぬのも商売というのに、ワイベスヘルは顔を真っ青にして戻っていった。今まで色々反抗して俺は賢いみたいな感じを出していたが、士官のいろはのいである、全体の目標のために命を捨てても奉仕するという軍隊の本質ってやつをわかっていなかったわけだ。戦争が本性をあぶり出すとはよくいったもんだ。ま、生き延びてたら勝手に退役願いとか出すだろうさ。
深呼吸二回する間に、敵はばらまいていた偵察兵を引き上げさせている。
敵は偵察部隊の損害を見て、こっちの規模や布陣を見破ったことだろう。ここからが本番ってやつだ。
こちらも動いて……陣地転換して敵を翻弄したいのだが、敵はすぐのもこっちをつぶすための本隊を出してきた。
かなりの密集。そして、かなりの速度だ。連中の着ている白い軍衣が連なって川のよう。
ワイベスヘル少尉が喉の奥から変な音をだしている。無視して敵を見る。
定石としては敵はこっちの射程手前で一度足を止めて突撃態勢をとる。しかるのちに喚声とともに突っ込んでくる。
「第一小隊、次発装填」
「次発装填」
ワイベスヘルはなんとかそう言った。銃身の熱も冷めないうちに次の玉薬と弾が込められる。
さあこい。あと一回は突撃粉砕してやろう。その先まで俺が生きているかは分からないが。
敵は停止せずにそのまま突っ込んでくる。予想が外れた。無謀と言えば無謀だが、一概に悪いとも言えない。こっちが少数だったら、それですりつぶせるからだ。兵を一対一で交換する羽目に陥ろうと、敵の優位は動かないというわけだ。なにより時間の消費は、最小限で済む。それにしたって士気が高くなきゃああはできない。具体的には、我が中隊ではあんな芸当無理だな。
敵の顔が見分けられるようになってきた。怖いねえ。怖いねえ。
「構え、撃て!」
我ながら冷静でいい感じの演技だ。敵の兵がばたばたと倒れるのが見えた。倒れた味方の兵を乗り越え、無視して後続が走ってくる。士気が高いな。これっぽっちの銃じゃあ突撃を阻止できていないじゃないか。敵がなにか喚いている。
まあそれでも。なんとかなるか?
敵は突撃始めるのが早すぎた。この調子だとここに来るまでに衝力が落ちる。突破されずにもう少しいけるだろう。時間はそれだけ稼げる。こりゃ思いの外いけるかもな。
「第一小隊、次発装填。命令そのまま、構え。次撃ったら白兵戦に移行する」
俺がそう言うのを、第一小隊の人間たちが悪魔を見るような顔で見ている。
「第三小隊。味方の銃声を合図に躍進。事前に指示していたとおりに動け」
「はい」
虎次郎軍曹が楽しそうに言った。口周りは血だらけだ。敵兵を食べたりしてないだろうなと、一瞬心配になる。獣人の評判が落ちるのでやめて欲しい。
敵の突撃も疲れて速度が落ちているが、味方の弾込めが遅れている。練度不足はこういうところに出てくる。豊富な弾丸を使って訓練とかしたことがないから、加熱した銃の扱いがうまくない。
間に合え、間に合え。と念じながら敵を睨む。間に合ったな。
「第一小隊、撤退だ! 撤退しろ!」
俺の構えという声は、ワイベスヘル少尉の絶叫で遮られた。気づけばやつはすでに逃げ出していた。第一小隊の過半が一瞬あっけに取られた後、狂ったように声をあげて走り出していた。
味方が潰走して、ささやかな戦線が崩壊した瞬間だった。
「馬鹿野郎」
給料分は働けと思ったが、もう遅い。敵は勝ったような顔をしていた。
緩やかな斜面を登りきり、視界が開けた瞬間に敵の一部が脚をとめ、銃を三々五々にぶっ放した。
背を向けて走っていた第一小隊の連中が後ろから撃たれて次々ぶっ倒れる。
俺の方にも弾が飛んでくる。生き残ったのは逃げなかったせいだという、間抜けな話だ。まあ誤差程度か。敵が迫ってきた。
拳銃を向け、くだらん死に方だなと苦笑する。
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