第12話 接敵

 人間は中隊本部からも使えそうなやつをだして、第一小隊に集中配備している。これで第一小隊の人間の生き残り三八名、士官であるワイベスヘル少尉をのぞいて三七人が横一列に並んで膝を立てて、玉薬を入れ、弾を装填させる。槊杖(込め矢)で突いて、準備を整える。これから殺し合いが始まるという異様な興奮のせいか、三〇人に一人くらいはこの弾込めでも失敗する。一番あるのは二重に弾を装填するケースだ。数十秒前にやったことを忘れてしまうのだ。愚かというか、人間はもともと戦争に向いてないと言うべきか、悩ましいところだ。

「敵を釣りますか」

 種族的に戦いを忌避しない故にのんびりしているように見える虎次郎軍曹が、そんなことを言った。俺は苦笑した。

「いや、いい。釣らないでも敵は無能じゃないだろう。斥候くらいは出しているはずだ。勝手に釣れてくれるさ」

 なにせ、敵から見たここは敵地だ。斥候も出さずに歩いている軍隊がいたら、正気を疑う。

 実際、五分とかからず敵がこちらに気付いた。遠吠えで警戒して五分でこっちの姿に気づいているんだから、相応に優秀な連中だろう。こっちが屈折点を指向しているのも気づくだろうから、すぐに対応に出るだろう。

「中尉の狙い通りですな」

 虎次郎軍曹はそんなことを言って、丸い耳を動かした。

「しかし敵はこっちを間抜け呼ばわりしているようです」

「この距離でも敵の会話が聞こえるのか。軍曹」

「はい」

 虎の獣人は他の獣人と比べてさほど耳が良くないと思っていたが、それはあくまで他の獣人と比べた場合の話で人間と比べると信じられないほどあったらしい。そのうち、獣人を試験にかけてその能力を把握したいものだ。

 雑念を頭から追い出して、目を眇めて敵を観察する。敵は進軍を止めて部隊を抽出してきた。めでたい。敵全体が止まるとまでは思ってもいなかったので望外の喜びと言うべきだろう。一度止まった部隊を再度動かすのには結構な時間と手間暇がかかる。これだけでも一〇分二〇分は稼いだようなものだ。

 敵はこっちの布陣を見て、囮の可能性も視野に入れて動いているようだった。予想以上に慎重な動きだ。それゆえに、放置せずにこっちを潰すような動きも見せている。つまりは誘引成功だ。あとはどれくらい釣れるかだけ。

 敵は流れるように隊列から部隊を抽出してこちらに送ってくる。距離は五kmかそこら。我が方がわずかに高地にある。斜面から見下ろしているような感じだ。

 敵は尖兵としては教科書通りの動き、わが国境警備隊の動きを二〇点とするなら向こうは八〇点というところか。騎兵ではなくて徒士なのは、おそらく勇者が発見して通りぬけに利用した隧道を抜けてきたからだろう。新聞によれば随分と細い道とあった。馬での補給物資の搬入がうまくいっていなければ、人力で補給輸送をしていることになる。ご苦労なことだ。

 それにしても向こうは勇者の登場にびっくりしつつも、どうやって来たのかなど情報収集していたに違いない。勇者一行は基本一方通行なのでこっちは情報を取り損なっていたわけだ。諜報しっかりしろ。新聞に出ているような内容くらいちゃんと調べて脅威度くらい測れ。俺のような末端に降りてきてないだけかもしれないが。

 敵が寄ってくるのを待つという、人生で一、二を争う嫌な時間。

 いらいらしていたら、虎次郎軍曹が尻尾を揺らした。

「こっちは動かないでいいので? 先手を打って突撃も可能そうですが」

「君たちだけならそう動きたいんだが、人間が混じってると、どうもな」

 世間一般では獣人はやる気がなくて戦闘力も低いとされているが、俺の中隊に限っては逆だったりする。人間のほうが真面目に訓練しておらず、その分、練度が低い。平和な辺境の国境警備ということで、人間側はくすぶったりやる気をなくしてしまっている部分がある。

 対して獣人側は俺という、比較的獣人の気質を分かっているヤツが上に立っているせいで真面目に訓練をしている。俺が赴任して一年で、この差はかなり大きくなっていた。

 残念ながら今、獣人たちが仕掛けても人間がそれを活かせない。活かすだけの能力や訓練が足りていない。人間と連携していると言える動きをするためには、もう少しこちらが仕掛けるのを遅らせる必要があった。

「仕方ありませんな」

「なに。結局は少し遅れるだけだ。すぐにもいい仕事をさせてやる」

 俺が言うと虎次郎軍曹は嬉しそうに牙を見せて笑った。

 敵は散兵して近づいてくる。片手には短めの銃。猟兵という感じだ。猟兵とは文字通りの猟師を徴兵、編成した軽武装の歩兵隊をいう。もとは猟師たちなので軍隊としての集団行動は苦手だが、敵の追跡や索敵においてはかなり高い実力を持っている。

 こちらからすると猟兵は獣人に対して比較的相性がいいので、苦手な敵といえる。連中、獣人が襲いかかってきても冷静に対処してくるからだ。

 その猟兵が、ぶちまけたゴマ粒のごとく散り散りになって歩いてくる。斥候である以上、固まる意味はそもそもないから、これは正しい布陣だ。仮に固まって動いていると、こっちの射撃を一方的に受けることになるからだ。だから分散して進撃してくる。

「俺が指示するまで発砲するなよ」

 第一小隊に対して、訓練中、何度指示したか分からないことを口にする。ワイベスヘル少尉が俺の言葉を復唱した。

 こっちを完全に視認しているわけでもないだろうに、敵がこっちの射程を避けて動いたのが見えた。いい軍隊だ。敵対しなければならないのが残念すぎる。右手を軽くあげる。

「火皿に発火薬を入れろ」

「火皿に発火薬! 急げ!」

 火皿に発火薬をいれる第一小隊の連中を横目に、俺は虎次郎軍曹率いる第三小隊に合図した。数はおおよそ六四。およそというのは員数外が何人かいる。二手に分かれ第一小隊の左右に薄く広く布陣している。

「ああもばらけているとやりにくい。銃の前に追い込んでやれ。第三小隊、かかれ」

「第三小隊!!! 前へ! 躍進!」

 虎次郎軍曹が武器として与えている鋭刃も抜かずに走り出した。自前の爪とか牙でやるらしい。続いて続々と猫科の獣人たちが起伏や残された切り株の影から躍りだした。瞬発力で言うと彼らが一番優れている。続いて犬系の獣人が一心不乱に走っている。

 猟兵の射撃、獣人は倒れない。それなりに当たっているとは思うが、いかんせん、射撃を集中できず、また短めの銃では獣人を倒すには威力が足りてなかったようだ。獣人たちがばらばらの敵猟兵に襲いかかる。猟兵の一人が押しかかられて首筋を指で引きちぎられた。こっちまで敵の不自然な呼吸音が聞こえてきそう。獣人の圧力に押され、敵の一部がこっちの銃兵の射程内に避難してくる。固まった、固まった。

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