第5話「急変」
俺は異世界にきて初めての夕日を、ぼんやり眺めている。
こっちでも太陽の沈み方は一緒だ。
召喚されたタイミングは昼過ぎの時間帯だったらしい。
王都の大通りの真ん中で、落ちていく夕日を見ていた。
「イタッ!」
目の前で幼い少女が転んだ。
どこか急いでいた様子だったから、足元が緩んだのかもしれない。
「大丈夫?」
「うぅ……」
泣きそうになっていた子を、優しく助け起こした。
「ちょっと擦りむいちゃってるな。よし、いたいのいたいの飛んで――」
「《エルダ・シャイン・ヒール》」
少女がすっと手を差し出すと、魔法陣が現れた。
淡い光が擦りむいた膝に当てられ、赤くなった箇所はみるみるうちに治っていった。
「マジかぁ」
こんな小さな子でさえ、魔法が使えるのか。
「ありがとおにいちゃん、急いでるからまたね!」
「あ、あぁ……」
おまじないは必要ないようでよかったが、傷をえぐられたようでなんだか複雑だ。
少女はまた元気に走り出していった。
そのすれ違い様に、アルタが何かを持って歩いてくる。
「ちゃんと門限を守れているようですね。安心します」
「アルタさん、あの子と知り合いなんですか?」
「いえ、お気になさらず。それよりも――」
アルタに差し出されたのは、二本の肉串焼きだった。
「買ってきました、シルバーボアの串焼きです。どうぞ」
途中で屋台に寄り、気を利かせて買ってきてくれたらしい。
俺はそれを受け取って、小さく息をついた。
「そう気を落とさずに。元気がないときは美味しいものに限ります。絶品ですよ?」
アルタは微笑んで、一口かじってみせる。
俺も真似るように、焼き目がついた灰褐色の肉を一口かじった。
「……おいしい」
意外にも牛肉に近い。猪の味は知らないが、猪とは思えないほどジューシーだ。
だが、俺の調子はしばらく戻りそうにない。
魔力を引き出す方法をいくつか教えてもらったが、全部ダメだった。
これから俺はどうすればいい?
剣と魔法の異世界で、一般人以下とかシャレにならない。
「アメハル様の世界では、どのように魔法を使っていたのですか?」
アルタが串焼きを一つ食べる。
その合間に何気なく聞かれた。
「俺の世界に魔法なんてないですよ。魔法は、空想上のものでした」
「魔法がない? ではどのように、戦いから自分の身を守るのですか?」
「俺は平和の中で生きてましたから。安全なゲームの中でしか戦いはしない、そんな生活でした」
「平和。では、アメハル様に戦闘能力はないと?」
「ないですね。ゲームならともかく現実でってなると、人並み程度がいいところですよ」
俺の体育の成績は普通だった。
多少の持久力はあるが、特筆した活躍はできなかったな。
「そうですか、それは残念です」
アルタは下を向いて、立ち止まった。
「アルタさん?」
数秒経って、顔を上げた彼女は……とても優しげな表情を浮かべていた。
「アメハル様、この国はいかがでしたか? 貴方様の目と脳、そして心に残るような景色でしたでしょうか」
突然なんだ?
どうでしたかって言われても、そうだな。
少し考えたあと、俺は正直に話した。
「えっと、よくわかりませんが、綺麗で多彩な国だと思いましたよ。俺は自分の国しかよく知らないんで、上手く言えないんですけどね」
静かで暮らしやすそうな国だ。
高層ビルや車がなくても、案外満足できるのかもしれない。
「印象には残る、かな。落ち着くというか、不思議な気持ちになります」
「あぁ、よかった。本当によかった。楽しんでいけたようで、私も案内役を務めた甲斐がありました」
アルタは心底嬉しそうな顔で、腰の剣に手をかける。
「人生最後の観光は、楽しく終わるべきですから」
夕日を背に、銀色の刃を引き抜いた。
「……アルタさん? どうしたんですか……」
なんで武器を?
そう聞く前に、アルタは口を開いた。
「主様は命じられました。クモリアメハルが持つ力を見定め、のち処理せよと」
「はい?」
冗談のような言葉に固まった。
アルタは俺に、剣を向けている。
「いや、なに言ってるんですか? それ……しまった方がいい気が――」
静かに殺気立つあの笑顔の裏。
それに思わず後ずさる。
「ぐわ!? いった――」
つまづいて、倒れ込んだ瞬間。
頭上を光の軌跡が走り抜けた。
さっきまで俺の首があった場所を、完全に断ち切る軌道を描いて。
「異世界人にはどんな力があるのか期待していたのですが、仕方ありません」
アルタは異常に落ち着き払っていた。
なんだ、この豹変様は。
「言っておきますが、これは残酷な結末ではありませんよ。主様の優しさです」
「やさしさ……?」
「最後に思い出作りをしてもよいと、お許しをいただきましましたので」
剣先が俺を真っ直ぐに見下ろす。
「心苦しいですが、その時間はこれでおわり。楽しいまま、死んでいただければ幸いです」
命の危険を、肌で感じた。
彼女は剣を、俺の頬スレスレまで近づけてきた。
とんでもない切れ味なのか、それだけで血が――。
「……ぐっ!」
「おや」
無意識に体が動く。
アルタの剣を下から殴り払った。
なんとか起き上がって、近くの裏路地に向かって走る。
この女から今すぐ離れなければ。
だから俺は咄嗟に、走った。
「逃げるのですね? 良い判断ですが、悪くもあります。痛みなく楽に殺されるほうがいいと、思いませんか?」
後ろを振り返ると、ゆっくりと歩くアルタが見える。
その姿はやけに不気味だった。
「な、なにが……なにが起きてる!」
ついさっきまであんなに優しかったのに。
なんのために俺は殺されるって?
アルタが言っていたこと、全然理解できない!
「《ヴェルト・シャイン》」
何か聞こえる。
昼の魔法講座で覚えた単語――?
光の刃がすぐ真横を通り過ぎた。
「は」
三日月を描く光の刃が飛ぶ。
正面にあった家は、縦から真っ二つに裂けた。
少し、俺が左にズレていたら……?
「おしいですねー、いっておきますがー、当たると痛いですよー」
友人に遠くから語りかけるような忠告。
剣を下ろして、手を振るアルタが見える。
怖い。
なんだ、あの笑顔は。
「……マジで、殺す気なんだ」
暗くて知らない道を、必死に走る。
「さっきまで、優しかったじゃないか!」
「力を隠しているのなら、早く見せてください」
上から声がした。
「ハッ!?」
アルタが剣を突き立てて降ってくる。
俺は反射するように、前方に向かって跳んだ。
光の爆発が地面をえぐり、強い風を生み出す。
道を囲んでいた建物がガラガラと崩れていた。
「それまでは手加減して殺しますから……さあ、反撃を!」
「ぐっ……」
土煙から剣が飛び出してくる。
狂気じみた笑みを浮かべたアルタがいた。
俺は体を翻し、ギリギリでそれを躱した。
その勢いで地面を蹴って走る。
追撃は来ない。
まだ俺は生きている、今は逃げなければ。
……いや、わざと生かされているんだ。
いつでも殺られるという恐怖。
そして、弄ばれている屈辱。
その両方が胸の奥にじんわりと膨らんだ。
偽装された異世界召喚 石畑サン輔 @Yoooohh
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