第4話「夢見た魔法」
十分もかかっていないだろうか。
ほどなく、馬車は一軒の建物の前で停車した。
「ここが冒険者ギルドになります」
アルタさんは馬車から降りて、俺もそれに続く。
なんというか、本当にイメージ通りだな。
青い屋根の古い施設だ。木とレンガで造られた堅牢な見た目で、そこらの家より倍以上の大きさだ。
「私が指示をするまで、馬車は待機していなさい」
アルタがそう言うと、馬車は走っていってしまった。
「アメハル様、いきましょう」
俺はそびえ立つ冒険者ギルドを見上げながら、アルタさんの後ろについていく。
階段を上がって入り口の前へ。
と、入り口の上に看板らしきものが見えた。
「……なんて書いてあります?」
「冒険者ギルド、アスタフィア支部と」
まったく読めない。
文字が日本語と共通なわけはないか。
見たことのない形の言語だ。
「不思議ですね。文字がわからずとも、我々と意思疎通ができるとは」
「確かに、なんでだろう?」
アルタたちの言っていることは理解できるし、聞こえてくるのは日本語そのものだ。
「やはり主様が呼び出した特別な……と、いけませんね。中へ入りましょう」
縦に長い扉を開け、冒険者ギルドにお邪魔する。
内装は綺麗で清潔感があった。
木造の落ち着く色合いで構成された、お役所みたいな場所だ。
「すご、まんまギルドだ」
受付があり、長机と椅子が並んでいる。
酒場も併設されているが、人はほとんどいないようだ。
「準備が整うまで、少しお待ちください」
アルタさんが受付とやり取りを始めた。
俺は終わるまで、ギルド内を物色していようかと……。
「――あ」
その時、目が合った。
テーブルの端に座る女の子。
こっちをじっと見ている。
俺たちは今、見つめ合っている。
少女のモグモグと小さな口を動かす様子に、なぜか目を逸らせなかった。
フードで半分顔を隠しているが、チラりと赤髪が見えた。
端麗な顔立ちと、澄んだ青い瞳に引き込まれ――。
「アメハル様、準備が整いました」
「ああはい、わかりました。って、あれ?」
アルタに話しかけられる。
その、ほんの目を離した隙だった。
数秒間俺と見つめ合っていた少女は、姿を消していた。
幻覚……じゃないよな?
食べ終わった皿だけが、机の上に残されている。
変な胸騒ぎがする。
だがどう反応すればいいかわからず、その空席をぼんやり見つめるだけだった。
――――
魔法訓練場という広い空間に連れられた。
奥を見ると、鎧を着た人形が並んでいる。
形としては弓道場に似た構造だ。
こんな設備があるほど、この世界では魔法が発達しているということだろうか。
「では魔法について、軽くですが説明いたしましょう」
「お願いします!」
とにかく自分のものにしたい、そんな気持ちだ。
内なる興奮を抑え、アルタに教えを請う。
「魔法は、主に三つのグループに分類されています。体に魔力を巡らせ、専用の詠唱をすると……」
アルタさんは自分の右手を前に出した。
すると、手のひらの空気が揺れて――。
「《アルマ・ファイア》」
何かの言葉を発した。
アルタさんの手の上に、魔法陣が回転しながら現れる。
「おお!?」
その魔法陣はくるくると回って形を変え、ボォッと燃え上がる炎になった。
パッとアルマさんが手を払うと、炎は消える。
続いて、アルマさんは自分の指を頭上にもっていく。
「《ヴェルト・ファイア》」
彼女の頭上に現れた魔法陣は、頭から足までエレベーターのように通っていった。
アルマさんの体が、赤色に薄く光っている。
「最後に、あちらをご覧ください」
「ん? はい――」
俺は彼女が指差した先を見た。
訓練場の奥、人形が立っているほうだ。
「《エルダ・ファイア・バースト》」
アルマさんの指差した先に魔法陣が現れる。
魔法陣は小さい球状に凝縮されると、ヒュンと訓練場の人形へ飛んでいった。
少しの静寂。
次の瞬間――赤い閃光が走った。
鉄人形が爆裂四散する。
激しい衝撃が伝わり、訓練場を大きく揺らした。
「……」
「物質を生成する『アルマ』、強化する『ヴェルト』。そしてこれが、アルマの魔法を工夫し、変化させる『エルダ』です。炎を遠方爆撃に変換してみました」
あまりの破壊力に言葉が出なかった。
恐ろしいけど、すごい。驚愕と感嘆が同時にきた。
これが基本だと? この世界の日常とでもいうのか。
「この三つが、魔法の根幹を成します。アメハル様の魔法の解釈と一致するでしょうか?」
「……まぁ、大体は同じかと」
前につけるアルマとやらはなんだ?
それを短く唱えるだけで、あれほどの魔法を使うことができるとは。
「アメハル様、魔力は引き出せますか?」
「いやぁ……すみません、わからないです」
「では、アメハル様の魔力を測ってみましょう」
「それは?」
懐中時計を大きくしたような見た目のものだ。
区分されたメモリと一本の針がある。
「魔力測定器です。その名の通り、人の魔力の総量を知ることができる道具ですよ」
「へぇ、そんなものが」
俺はアルタさんから魔力測定器を受け取った。
「力いっぱい握ってください。測定器が腕を辿って魔力を検知し、動いた針がアメハル様の魔力総量を教えてくれます」
まさかの力技。
握力測定みたいに、思い切りやればいいのか?
「よし、じゃあいきます。……ふんっ!」
ぎりぎりと魔力測定器に力を加える。
鉄製だからか指が痛い。だが、ここは全力で!
「はい、もう大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「ふぅ!」
ストップをかけられ楽にした。
俺は指の痛みを気にしつつ、魔力測定器をアルタさんに返した。
これで俺の魔力がわかるのか。
もしかしたら、とんでもない逸材なのが明らかになったり!?
「先ほどの魔法を実践してみましょう」
「俺が!? できるんですか!?」
「ふふ、もちろん。アメハル様の魔力であれば、きっと逸脱した力が……?」
アルタさんは怪訝そうな顔をした。
魔力測定器をじっと見つめている。
「アメハル様、もう一度測ってもらえますか? 壊れてはいないはずですが……」
「もう一回ですか? はあ、ふぬッ!」
再度渡された魔力測定器を、めいっぱい握った。
「どう、でしょうか!」
「そのまま、測定器を私の方へ」
俺は言われた通り、ぷるぷると震える手をアルタさんに向ける。
「針が不動ということは、これはゼロですね」
「ぜろ? ……ゼロ?」
「魔力なし。アメハル様の体には、魔力が流れていません」
耳を疑った。
魔力なし? そりゃあ、俺は地球の一般人ではあるが。
異世界まできて流石にそれはないだろう。
「どんな人間、どんな生物にでも魔力はあります。どれほど微弱だったとしても、この道具がピクリとも動かないことはありません」
「いや、またまた……この測定器の調子が悪いんじゃないですか? ちゃんと見てくださいよ」
不調品をアルタに渡す。
アルタは俺がしていたように、それをギュッと――。
キュー、カタカタカタカタ。
針が勢いよく回転した。
何周も繰り返して、止まる気配がない。
「えぇー……」
「どうやら、壊れていないようですね」
じゃあ、さっきの微動だにしなかったのは正常運転?
「お、俺の魔法は?」
「前提である魔力そのものがないとなると、使うのは不可能ですね」
「嘘でしょ?」
俺の魔法使いへの道は閉ざされた。
わかったのは、俺自身はここに来る前と変わっていないということ。
なんだよ、魔力って異世界に来たら生えてくるもんじゃないのか?
魔法が一般的な社会で、俺はなんだ。
もしかして凡人以下か?
この世界に呼ばれた意味が、ますます見当たらない。
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