うみぞこにむかうたびのなかで

チャーハン@新作はぼちぼち

うみぞこにむかうたびのなかで

【しんど ぜろめーとる】

(SE:あなたのあしおとだけが、しずまりかえったばしょにひびく。そとのざわめきが、ガラスのむこうでかすかにきこえる。くうきはかるく、おとはすべて、はっきりと)

「……まっていましたよ」

りんとしたこえが、あなたのこまくをふるわせる。

しろいふくをきたかのじょは、しずかなほほえみであなたをむかえた。

「こんやは、あなたのためだけにひらかれた、とくべつなじかん。さあ、いきましょうか。うみぞこにむかう、たびのはじまりです」

(SE:ふたりのあしおと。さんごしょうのすいそうから、あわがはじける、ぽこぽこというやさしいおと)

「ここは、しんどぜろめーとる。たいようのひかりがふりそそぐ、いのちのゆりかご」

「……でも、すこしだけ、まぶしすぎると、おもいませんか?」

かのじょはいたずらっぽくわらうと、あなたの右みみに、そっとくちびるをよせた。

(※右耳・ささやき)

「じゅんびは、いいですか? ……いちどしずんだら、もう、もとのあなたではいられなくなるかもしれません」

かのじょはちいさなすいそうのまえで、あなたのてをそっととる。

(SE:みずのおと。ゆびさきに、ちくちく、ぱくぱくという、くすぐったいかんしょくのおと)

「ふふ、このこたちは、あなたの『きのう』をたべてくれるんです」

「……これで、ちじょうのことは、おしまい。……ふるいあなたは、ここに、おいていきましょうね」


【しんど せんめーとる:】

(SE:エレベーターのしずむおと。ごぉー、というひくいひびき。くうきのあつがかわるおと。おとがすこしだけひびき、たかいおとがへり、おちついたせかいになる)

「……しんどせんめーとる。『たそがれのへや』です」

とびらがひらくと、そこはどこまでもつづく、あおいせかいだった。

(SE:きーん…という、かすかなかぜのようなおとが、ときおりまじる)

「……あら? すこし、おみみが、へんなかんじがしますか?」

かのじょはあなたのへんかにすぐきづき、あなたのうしろにまわりこんだ。

(SE:きぬずれのおと。あなたのみみのうしろを、かのじょのゆびがやさしくなでるおと)

(※両耳・ささやき)

「だいじょうぶ。……うみへの、ごあいさつみたいなものです。……すぐに、なれますよ。……ちからを、ぬいて」

かのじょのゆびが、あなたのきんちょうを、そっととかしていく。

「さあ、すわって。あたたかいものをのみましょう」

(SE:まほうびんからえきたいがそそがれる、すこしこもったおと。かっぷをおくおとも、かどがとれてきこえる)

「はーぶのおちゃです。……あなたのからだを、うちがわから、このふかさにならしてあげるんです」

そのこえは、もう、さっきよりもすこしだけ、しめりけをおびていた。

【しんど にせんめーとる:】

(SE:さらにふかくへ。エレベーターのしずむおと。かんきょうおんがくぐもり、たかいおとがきえる。あなたのいきづかいや、しんぞうのおとが、おおきくきこえはじめる)

「……しんどにせんめーとる。ここからは、あなたのうちがわのおとが、たよりになります」

(SE:どくん、どくん…という、あなたのしんぞうのおとが、SEとしてかさなる)

かのじょのこえも、すいちゅうからはなしているかのように、すこしこもってきこえる。

「そとのおとは、もう、どうでもいいんです。……わたしのこえと、あなたのいのちのおとだけが、ここでの、せかいのすべて」

かのじょはとくしゅなきかいをとりだし、あなたのむねに、そっとあてた。

(SE:くじらのうたごえ。しかし、おととしてではなく、あなたのからだにちょくせつひびくような、しんどうとしてつたわる。ぶおぉぉん…というじゅうていおん)

「……きこえますか? ……こまくできくのではなく、からだで、たましいで、きくんです」

(※左耳・クリアなささやき)

「……すごい。……あなたのたましいが、くじらのうたごえと、おなじおとをだしてる」

ふしぎなことに、みみもとでのかのじょのささやきだけは、さっきよりもずっと、はっきりとつたわってきた。

【しんど よんせんめーとる:】

(SE:エレベーターのしずむおと。おとのりんかくがぼやけ、まんなかにちかづいてくる。ねっすいがわきでる、ごぼごぼというおとが、くうかんぜんたいからひびく)

「……しんどよんせんめーとる。『まよなかのへや』。……あつくて、つめたいばしょ」

ねっきで、きこえるおとが、すこしだけ、ゆがんでかんじる。

(※こえに、かすかなフランジャーやコーラスこうかがかかる)

「もう、わたしとあなたのさかいめは、とけて、なくなっていく。……それで、いいんです」

かのじょのこえは、もうどこからきこえるのかわからない。あなたのあたまのなかから、ちょくせつひびいてくるようだ。

(SE:かのじょがあなたのうでをつかむ、きぬずれのおと。そのかんしょくだけが、とても、はっきりとわかる)

(※頭内ボイス)

「だいじょうぶ。わたしが、ここにいます。……あなたの、すぐそばに。……もう、はなしたりしない」

【しんど ろくせんめーとる:】

(SE:ほとんどのおとが、ごおぉぉ…というひくいうなりのようなかんきょうおんにすいこまれる。へいこうかんかくがくるい、おとがゆらゆらとゆれるようなえんしゅつ)

「……しんどろくせんめーとる。……かえれないへいげん。……みんな、ここで、まいごになる」

おとによるじょうほうがすくなくなり、こころぼそさがつのる。

ふらり、とあなたのからだがかたむいた。

(SE:あなたのからだを、かのじょがとっさにささえるおと。きぬずれと、かのじょのちいさないきづかい)

「……ふふ、すこし、よろけてますね。……もう、わたしがいなければ、まっすぐあるくこともできない」

かのじょは、あなたのからだをささえたまま、みみもとにかおをよせた。

(※右耳・クリアなささやき)

「……でも、それが、うれしい」

かのじょにみちびかれ、かべのもけいにふれる。みみもめもあいまいななか、ゆびさきのかんかくが、せかいのすべてになる。

(※頭内ボイス)

「……そう。……かんじるんです。……かんがえるのではなく、ただ、かんじる。……それが、ふかいうみの、やくそく」


【しんど はっせんめーとる:】

(SE:おとは「きく」より「かんじる」ものにかわる。ぶぅぅン…というちょうていしゅうはおんが、からだぜんたいをふるわせる。いしきがにごり、みじかいノイズや、とおいむかしのおと(こどものこえ、なみのおとなど)がときおりまじる)

「……しんどはっせんめーとる。……あなたのきおくが、あふれだすばしょ」

いしきが、とおのいていく。

そのからだを、かのじょがうしろから、やさしく、しかしつよく、だきしめた。

(SE:どくん、どくん…という、かのじょのしんぞうのおとが、あなたのせなかをとおして、ちょくせつひびいてくる)

(※頭内ボイス・かのじょのしんぞうのおととどうきして)

「……だいじょうぶ。……だいじょうぶですよ。……きこえるのは、わたしのしんぞうのおとだけ。……あなたのしんぞうも、おなじりずむを、きざんでる」

かのじょのこえは、もうことばとしてのいみをうしない、おとのひびきそのものが、あなたのいしきをつなぎとめる、いかりとなる。


【しんど いちまんめーとる:】

(SE:かんぜんなむおん。あるいは、うまれるまえのような、すべてがみたされたおと(ようすいがめぐるような、こぽこぽ…というじぞくおん)。じかんとくうかんのかんかくがきえる)

「……おかえりなさい」

そのことばは、こまくをふるわせない。

あなたのたましいに、ちょくせつ、ひびきわたる。

にくたいのかんかくは、もうない。あなたは、いしきだけのそんざいになっていた。

(※いか、すべて頭内ボイス・テレパシーのようなえんしゅつ)

「……ごおくねん。……ながかったですね。……でも、もうだいじょうぶ。……やっと、ほんとうのあなたに、あえた」

めのまえに、おおきなかせきがみえる。

いや、ちがう。

あなたは、そのかせきそのものだった。

かのじょが、そのかせきに、そっとふれる。

(SE:しゃり…というかすかなまさつおん。そのかんしょく(つめたさ、かたさ、とおいときのながれ)が、あなたのうしなわれたはずのにくたいに、つたわってくる)

「……このしじまが、あなたのふるさと。……このむおんが、あなたのうた」

「……さあ、おもいだして。……いしのきおくを。……うみの、はじまりのおとを」

かのじょが、あなたのかせきにほほをよせる。

あなたのいしきは、ごおくねんのときをこえ、こだいのうみの、あたたかく、しずかな、さいしょのきおくへと、かえっていく。

「……おやすみなさい。……わたしの、はじまりにして、おわりのひと」

(SE:すべてがとけあうような、ふかく、みたされたおとが、つづく。ゆっくりと、あなたのいしきとともに、きえていく)

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