お露の廃寺

敷知遠江守

彷徨い続けるお露

 江戸は深川、多くの庶民が住むこの地から、少し外れたところに牡丹という地がございました。周囲は一面の牡丹畑。そんな片田舎に一軒の廃寺がございました。


 草はぼうぼう、屋根は風雨で腐って飛び、日中にはお天道様が顔を覗く有様です。ところがこの廃寺、誰も取り壊そうとはしないんです。


 事情を知らないとある商人が購入した事があるのですが、と言ってすぐに手放したといった事がありました。その噂がすっかり広まって、今では誰もこの廃寺に近寄らない。

 それもそのはず。そこはとある物語の舞台となった屋敷なんです。


 その物語とは、新三郎という浪人がお露という幽霊と逢引きを重ねていたという『牡丹灯籠』。お露愛しさに、お札を剥がして命を落とした新三郎。その後、新三郎の菩提を弔うために屋敷を寺としたのです。

 ところが、それからもお露は夜な夜な新三郎をたずねてこの寺にやってくる。住職を新三郎だと思って相手していくお露。村の者が寺を見に来ると、住職が白骨化していたなんて事があったのだとか。



 ある時、色町の元締めがその話を聞きまして、ピンと閃くものがありました。


「ほう、そいつは最高のくるわじゃねえか。なんせ相手が幽霊なら費用はロハだ。しかも後腐れが無えときたもんだ。吉原に行けねえ若えのから小銭を取って相手してもらったら丸儲けじゃねえか」


 一応念のため、元締めも一晩その廃寺に泊ってみたんです。たしかに夜中になると遠くの方から女の下駄の音がしてくる。


カランコロン……カランコロン。


「新三郎様、今宵はおられますか?」


 幽霊にしてはなかなかに声が艶っぽい。現れた姿も、かなりの美女ときたもんだ。幽霊にしておくのがもったいないくらい。


 お露と一夜を共にし、翌朝、元締めは気怠い体を起こし、屋根の吹き飛んだ天井から照り付けるお天道様を見上げます。


「思ったより悪くはなかった。だが、これじゃあ客は呼べねえな。綺麗にしてやらねえと」


 元締めはすぐに大工を呼び寄せ、この廃寺の修理をさせました。さらに庭師も呼んで荒れていた庭も整備。さらには雰囲気作りだと牡丹を彫った灯篭まで置きました。



 夜になり、いつものように下駄を鳴らしてお露がやってきます。

 ところがいつもの廃寺に若い男衆が一列に並んでいる。


「あの、もし。この列は何の列にございますか?」


 たずねたお露に、鼻の下を伸ばした若い衆は言いました。


「美女の幽霊と一夜を共にするってんで、それを見学に来たんでぃ!」

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お露の廃寺 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu

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