第2話 不思議の国からの小包

 午後。

 真理は大学図書館の窓際の席に座り、机いっぱいに文献を広げていた。


 『不思議の国のアリス』に関する評論や、ヴィクトリア朝文学、さらにはナンセンス文学に関する研究書。


 ページをめくる指は忙しいが、心には重たい霧がかかっていた。


「ナンセンス……無意味であることの意味……?」


 ペンでノートにメモを書き込んでは、首をかしげる。

 どの本も言葉は巧みで、理屈としては理解できる。

 けれど、実感として掴めない。


 思わず教授の言葉が脳裏をよぎる。



──杉浦さん、まだテーマが散漫だね。もう少し絞り込まないと。



 やんわりした指摘ではあったが、胸の奥には鋭く突き刺さっていた。

 夕暮れが近づくころ、真理は結局まとまった成果もないまま本を閉じた。


 肩は重く、目は霞む。

 図書館を出ると、秋の風が頬に冷たかった。


 夜。

 ふらつく足取りでアパートの部屋へ戻った真理は、玄関前に置かれた小さな小包に気づいた。


「……荷物?」


 受け取った覚えはない。

 差出人の欄を見て、彼女は思わず息をのむ。



 ──送り主:ルイス・キャロル。



「まさか……教授の悪ふざけ?」


 半信半疑のまま包装を破ると、中から現れたのは光沢のあるヘッドセット。

 見慣れないロゴの入った、試作品らしいVR機器だった。


 小さなカードが一枚、機器に差し込まれている。

 そこには大きな文字で、たった一言。



 ──ワタシヲツケテ。



 真理は思わず眉をひそめる。


「……本当に教授が手を回したのかしら。卒論で煮詰まってるの、知ってるし」


 そう呟きつつも、胸の奥には説明できない不安と期待が入り混じる。

 恐る恐る機器を手に取り、頭に装着する。


 その瞬間──まぶたが急に重くなった。

 一日分の疲労が一気に押し寄せてきたかのように、抗えない睡魔が真理を飲み込んでいく。


 意識が揺らぎ、机の上の灯りが滲む。

 次に目を開けたとき、そこは……。

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