ナンセンスの国のアリス

新橋

第1話 秋のキャンパス

 秋の陽射しがやわらかく降り注ぐ昼下がり。


 キャンパスの片隅にあるカフェテリアのオープンテラスは、紅葉を前にした木々が風に揺れて、学生たちのざわめきと重なり合っていた。


 杉浦真理は、そのテラス席に腰かけてサンドイッチを頬張っていた。


 文学部英文学専攻の三年生。

 読書好きで真面目な性格だが、几帳面すぎて柔軟さに欠けるところがある。


 何事も筋道立てて考えようとするため、理屈が通じない事例にはどうにも実感が湧かず、ここ数週間は頭を抱えていた。


 向かいに座る友人の由紀が、カップを置きながら言う。


「私、来年は大学院に進もうと思うの。先生から研究テーマもだいたいOKもらったし。」


 隣の席では、別の友人の奈緒が笑顔で話を継いだ。


「私は就活かな。ゼミの先輩から企業研究の資料も回してもらったし、エントリーの準備もしなきゃって感じ。」


 二人の声は明るく、前へ進む足取りの確かさが伝わってくる。

 一方で真理は、目の前の紙コップのコーヒーをいじりながら小さく笑う。


「そうなんだ。……私、まだ全然はっきりしなくて。」


 本当は卒論のテーマを、子供の頃に好きだった『不思議の国のアリス』にしようと決めかけている。

 けれど『ナンセンス』という概念を幾ら追っても、肌でわかる感覚が掴めない。

 進路にしても、研究を続けるべきか、それとも就職すべきか……具体的な形にはほど遠い。


「真理は真面目だから、ちゃんと考えたいんでしょ。でも焦らなくてもいいんじゃない?」


 由紀が軽く励ます。

 しかし、その言葉すら、今の真理には遠く響いてしまう。


 テラスの木漏れ日が、真理の影を細長く伸ばしていた。

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