第7話

目の前のものに太陽のような眩しい光を当てると

全てが明らかとなり平面に見える

そこに影ができると立体的に見えてくる

人生も憂いがある故に大切なものがはっきりして深まっていく

でも 影ばかりだったとしたら?

人生の大切なものは 欠落していく


 月に一度の無料食品配付会に通っているうちに「相対的貧困」という言葉を知った。「相対的貧困」とは、うちのように、その国の水準の中で比較して大多数よりも貧しい状態のことを示す。所得がその国の中央値の半分に満たない場合が当てはまる。それに比べてアフリカには「絶対的貧困」の地区がある。その国の生活水準とは無関係に、生きる上で最低限必要なものが足りていないことを示すのだという。


 私は受験勉強の合間に、いろいろな本やサイトを調べてみた。気付いたことは、アフリカの子供たちの方が日本の子供たちよりもいい笑顔をしているということだ。どの写真を見ても「疑うことを知らないまっすぐな瞳」で「屈託のない笑顔」を浮かべているのだ。アミーナちゃんのように。


 世界銀行が定めている貧困の定義に当てはめて、一日、九十ドル以下で暮らしているからといって彼らが「幸せ」でないとは言い切れないのではないだろうか?


 青年海外協力隊として派遣された人達のブログを読んでみると、多くの人達が同じようなつぶやきをしていた。

「『こうしてあげたい』という熱意をもって任務に当たろうとすると、気持ちがくじけてしまう」

 「目の前にいるアフリカの人々は、その支援を望んでいない場合が多々ある」というのだ。


 アフリカには、掛け算の九九ができなくても、四則計算ができなくても、教科書が足りなくても、「笑顔で過ごせるおおらかさ」のようなものがある。自分の国の「幸せ」の概念を他の国に当てはめようとしても、当てはまらないということなのだろうか?


 「アフリカの子供たちは不幸せだ」「助けてあげたい」とどこかで思っていた自分が間違っていたのだろう。物が足りなくても、学ぶ環境が足りなくても、彼らは豊かに暮らしている。そしてアブドさんの言葉を思い出していた。「自分をもっともっと大切にして欲しい。自分を大切にできたら、他の人を大切にできる」その言葉の意味が今なら分かる気がした。


 私は、自分が居るべき場所で、自分の問題と向き合うべきなのだ。遠く離れた異国の地で、その国の子供たちのために働くことも勿論尊い。

 でも私は、自分の問題を直視することから逃げたくて、海外での仕事を希望していたのに過ぎない。アフリカで自分の命を落とすことさえ、平気だと思っていた。以前は、私が命を落としても誰も本気で悲しむ人はいないと思っていたのだ。でも、今は違う。春翔や、遙、海斗、そしてクラスのみんなとの繋がりがある。もっと「自分のことを大切にして生きていきたい」と考えるようになった。


 自分の国の「幸せのカタチ」を、他の国に当てはめることが意味のないことであるのと同じように、他の家の「幸せのカタチ」を自分の家に当てはめて「幸せ」か「不幸せ」か判断することも意味のないことだと実感した。 

 私の家には、私の家の「幸せのカタチ」がある。誰かと比べる必要なんてない。父親がいても、いなくても、私が「幸せ」を感じていれば良いのだ。  


 そう思うと、明日の私学入試を精一杯がんばろうという気持ちが、心の底から湧いてきた。これまで努力してきたことを落ち着いて発揮すれば良いのだから。



 私学の試験会場は、シンと静まり返っていた。二月初旬の底冷えするような寒さに、どの受験生もコートやジャンパーを羽織っていた。誰かの咳が会場に響き渡る。同じ学校からも数名受験するので、知った顔があって心強かった。午前中は、国語、数学、英語の筆記試験で昼食をはさんで社会、理科の筆記試験となる。翌日は、面接試験だった。


 私にとって私学の試験は、滑り止めだった。それでも、会場の空気感から緊張を感じた。数日後に送られて来た結果は、合格でほっとした。公立の試験まで、あと一ヶ月がんばろうと思いを新たにした。


 私と春翔は、LINE一行交換を続けていた。三月に入った日の勉強開始時刻に、こんな一文が送られてきた。


《空を見上げたら満月でした》


 私はフリースパーカーを羽織って、サンダルを履いて玄関の扉を開け外に出た。吐く息が白く浮かび上がる。少し歩いた先から空を見上げると、コールドムーンの時のように白く大きな満月が出ていた。私は、思わず手を合わせて願い事をした。


《今、満月を見て来ました。二人共、北星高校に見事合格しました。ありがとうございますって「予祝」で願い事をしました》

 春翔から即レスがあった。『ありがとう』のスタンプだった。


「(前略) 信じること

あなたの中に 

眠っている力が欲しいの

自分のためだけじゃ

乗り越えられないときが

今あるから


信じること

あきらめないで


僕たちはなにより強い絆で

結ばれている (後略)」


 自分一人では、こんなにがんばることはできなかった。一緒に志望校に合格したくて受験勉強に集中することができた。春翔は、コールドムーンのような白くやわらかな明るさで私を照らし、支えてくれている。


 公立高校入試の日は、粉雪が舞っていた。母に車で北星高校まで送ってもらった。

「いってきます」

 車窓越しに母に言った言葉は、白い息になって消えた。受験票をしっかりと握り締めて試験を受ける教室へ向かった。同じ学校の子も勿論いたが、喋らないようにして集中した。


 私学の日程と同じで午前中は、国語、数学、英語の筆記試験で昼食をはさんで社会、理科の筆記試験となる。時間配分にも気を付けて問題を解いた。数学は前にやったのと同じような問題が出題されていた。社会は、少し応用問題が難しかった。英語の問題は時間が少し足りなくて最後の方の問題を白紙で提出してしまった。大丈夫だろうか? 気がかりだった。


 試験会場を後にすると、北星高校の正門で春翔が待っていた。試験内容について話しながらバス停に向かう。

「どうだった?」

 と春翔は心配そうに聞いてきた。

「大丈夫・・・・・・だと思う」

 英語の問題の最後の方を白紙で出したとは言えなかった。もやもやしながらバスに揺られて帰宅した。同じバスに乗る受験生がたくさんいて、座席には座れなかった。試験で疲れたのか、まだ緊張をしているのかシンとしていた。誰も喋らない空間から時折聞こえてくるのは、誰かの溜息だった。

「また明日」

 とだけ伝えて最寄りのバス停で春翔より先に降りた。この日はさすがに、勉強はしなかった。全ての試験が終わったのだから。

《お互いがんばったね》

《おつかれさま》

 LINEで短いコメントを交わした。


 翌日の面接では、昨日の失敗を引きずってしまい、うまく受け答えできない場面があった。それでも、志望理由や、将来の夢、高校でがんばりたいことなどを自分の言葉で伝えることができた。私の将来の夢は、様々な人との出会いによって変わっていった。

「コロナ禍を通して貧富の格差ができてしまったように思います。将来は、この町で相対的貧困率が下がるようサポートをする仕事をしたいです」

 今の気持ちを、はっきり伝えることができた。


 集団面接では「校則はあった方がいいか、なくした方がいいか」というテーマで討論をした。自分の意見は伝えたが、積極的に話し合いに参加できたかは疑問だった。全ての日程を終えてバスで帰宅した。二日目も同じバスに乗る受験生がたくさんいて、座席には座れず、話ができる雰囲気でもなかった。

「また明日」

 と伝えて最寄りのバス停で降りた。すると春翔も一緒にバスを降りて来た。予想外のことに驚きながらも、うれしかった。バス停横の公園から、はしゃいでいる子供の声が聞こえてきた。春翔と私は、公園に寄ることにした。子供が遊んでいるブランコと反対側の水色のベンチに座った。

「ようやく高校入試が終わったね」

 とても晴れ晴れとした顔をしていた。私は、筆記試験のもやもやはあったけれど試験が終わったことは嬉しかった。

「長かったね」

「今日はゆっくり家で映画でも見ようかな」

 春翔がつぶやいた。

「それいいね」

「明日は何か予定ある?」

「それがね、春翔くん。離婚したお父さんに初めて会う日なの」

「そうなの?」

「今、思い出したら、どきどきしてきちゃった。緊張するな」

「頑張ってね」

「うん。それじゃあ、また月曜日ね」

「またね」 

 春翔はそこからバス一駅分、歩いて帰って行った。試験結果は十日後に発表される。ひとまず試験のことは横に置いて、父と会う時にどんな話をしたらいいか考えよう。一番聞いてみたいのは、「離婚の原因」だった。

 入試の日に夕食作りは大変だからと、母が朝のうちにカレーを作ってくれていた。食べ終わると急激に睡魔がやってきて、そのまま眠ってしまった。


 翌朝、私は落ち着かなかった。

「ねえママ、どんなことを話したらいいと思う?」

「そうね、凛香が小学校や中学校の時に、どんなことが楽しくて、どんなことを頑張って、どんな風に過ごして来たのか伝えたらいいんじゃないかな?」

「ふうん。なんだか、入試の面接みたいね」

「確かにそうね」

「ついでに将来の目標とか話してみたりして」

「凛香ちゃん、今もアフリカに行きたいの?」

「ううん。変わったの。うちみたいなひとり親家庭をサポートする仕事をこの町でしたい」

「この町で? 凛香ちゃん、もっと羽ばたいていいのよ」

「誰かをサポートしたいという気持ちには変わりはないの」

「凛香、苦労かけてしまって、ごめんなさいね」

 私の手を握る母の瞳は、涙で滲んでいた。こんなふうに謝ってくれたのは、初めてのことだった。もしかして私は、母から愛されていたのだろうか?

「いいの、ママ。それで私はたくましく育っているんだから」

 嬉しそうに微笑む母の瞳から、大粒の涙が次々にこぼれた。

「ねぇ、ママ。一人で子育てをするのは大変じゃなかった?」

「大変じゃなくて、生き甲斐よ」

「生き甲斐?」

「子育てにかかる時間は、凛香ちゃんに必要とされているという証でもあるし、今しかない大切な時間なの」

 まさか母がこんなふうに思っているとは、信じ難かった。

「凛香ちゃんにイライラをぶつけてしまったし、してあげられないことばかりで、たくさん後悔しているの」

 母の表情は、沈んでいた。

「パパと結婚したことは、後悔してないの?」

「後悔はしてないわ。だって凛香ちゃんを生むことができたんだから、幸せよ。ママは、不器用に凛香ちゃんを愛してるの」

 そう言うと、私のことをぎゅっと抱きしめてくれた。私は久しぶりに感じる母の体温が温かくて、知らないうちに涙が流れていた。抱きしめられたまま、長い長い時間が過ぎたように感じた。




「凛香ちゃん、今日、これ着てく?」

 母はプレゼント用にラッピングされた、ショップの赤い紙袋を出してきた。

「これはね、パパに会いに行くからじゃなくって、試験勉強をずっとずうっとがんばっていたから、プレゼントよ」

「ありがとう」

「昨日、渡そうと思ってたんだけど、疲れて眠っていたから」

「うん」

 中身を出して鏡の前で体に合わせてみた。上は黒のフリル袖のニットで裾がAラインのようにフレア仕様になっている。下はグレージュ色のコーデュロイパンツだ。母があれこれ考えて、組み合わせてくれたのが伝わってくる。

「ママ、とっても気に入った」

「そう? 良かったわ」

 母はとびっきりの笑顔だった。プレゼントしてもらった服に着替えて、父との待ち合わせ場所にバスで向かった。






 約束した場所は、最寄りの洋食屋だった。そこは、私の記憶にはないけれど、家族三人だった頃によく利用していたお店なのらしい。ガラスのドアを開けて、中に入ると、窓際の席からこちらに手を振っている人がいる。きっとあれが父なのだ。私は、その人の方に一歩ずつ近寄った。ようやく顔が判別できるようになったとき、私は混乱した。





――「宮じい? なぜここに?」

 私は言葉を失った。確かに目の前にいるのは「子供食堂」でお世話になった宮じいだった。














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