第5話 パラダイム:パラレル
気がつくと見慣れた私の部屋……じゃない!
「……あ」
声にならない声が漏れた。視界の端で何かが動いた。視線だけそちらに向けると、そこにはナギがいた。私の横で静かに本を読んでいた。
目が合う。
「アオイ、今度こそおはよう。体しんどくない?」
そう優しく笑いながら起き上がろうとする私を支えて水の入ったコップを渡してくれた。
水を一口飲み、答える。
「だいぶ……マシだと思う……。」
「そっか、よかった。」
「……。」
「なんか考えてるでしょ。教えてよ。アオイの全部。」
図星をつかれて息ができなくなる。いったところで、どうせナギにはわかってもらえないだろう。わかってもらえない可能性がある中で自分の考えを言ったとして、誰かに聞いてほしいそれは、求めている返事があるわけで。それをすべて分かったうえで理解の得られないであろうナギに話すなんて無謀なこと、自分を大切にしていないのと同義だ。だから断ろう。
「まとまらなくて、聞いてほしいことが、あって。」
え?違う、私は、断ろうとして……。
でも、口から出た言葉は橙色の言葉で。
「うん。」
待って。違う、違うのに。
「あのね、私ね。」
嫌だ、こんなこと言いたくない。
「誰かに、」
いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ!
「誰かに、愛されたい。どんなに暗くても、どんなに考えすぎても、どんな私でも。」
「どんな私でも、誰かに大切にされたいの、誰かに、愛されたい。必要とされたい。」
意思とは関係なく漏れてしまう言葉は、口をどんなに強く抑えても、血を吐くようにドロドロとあふれて止まらない。
「私は私を大切にしているのに、誰も私を愛してはくれないし、誰も私を大切にはしてくれないし、みんな私の存在を雑に扱うし、私になら何を言ってもいいって思ってる人が私の周りにはたくさんいて。何を言ってもいい人なんてこの世にはいないのに、私だけみんなから大切にされてないの、助けて、助けてよナギ!」
なんて他責なんだ!私はいつもそうだ。他責だから根幹で思ってることは絶対に誰にも言いたくなかった。自分でわかっているからだ。でも、それでも言ってしまった。もうもとには戻せない。本心を言うときは、死ぬ時だって、決めていたのに。
そっとナギの顔を覗いた。そこには、今まで見たこともないような引きつった顔のナギが居た。
「は、え……?」
ナギが困惑して私を見つめる。
「いや、さすがにさ。自分勝手すぎない?」
「誰からも愛されないって、そりゃあそんな考えだからじゃない?」
「いつも何か深い所まで考えてるな、とは思ってたよ?」
「でも、正直ここまでワガママだとは思わなかったわ。」
「普通に、信じられない。」
どんどん恐怖で震えていくナギの声。こんなに後悔を覚えたのはいつ以来だろう。
私は体をひねり、ナギを突き飛ばして立ち上がった。
「ごめんなさい。」
私は目も合わせずに、私の荷物すら持たずにそのままナギの部屋を後にした。
ナギが、私の全部を教えて、って言ったんじゃないか。
ナギが、必死で距離を取ろうとしてた私から距離を奪ったんじゃないか。
ナギが、私に踏み込んできたんじゃないか。
それなのになぜ!そっちから踏み込んできておいてそれ?信じられないのは私の方だ!
より自責の念が募ってゆく。私は必死に走った。どこに行くでもなく、頭に酸素を回さないために。今、少しでも考える余地を与えてしまうと私はナギに対して何をしでかすか分からない。
「ッ……!!」
足がもつれ、大胆に転けてしまった。体からは透明ではない、濃くて、ドロっとした不透明な赤色が流れ出ていた。
その時初めて私は呼吸という行為を思い出し、必死に息をした。
周りには誰もいない。気づけば人通りの少ない河川敷まで来ていたみたいだ。
私は血まみれのまま立ち上がり、土手の中ほどまで進み横になった。空は藍色に染まっていて、少しだが星も瞬いていた。
そんな少ない星がこんなにも眩しいと感じたのは初めてだった。何光年も先にある星の光に、私はいま、怯んでいる。
あの微かな光が、私の何倍もの強さで存在していることに悔しさを覚えた。
私はあの星よりも輝くことを決意し、来た道を引き返した。
パラダイム 不足 @Fus0ku
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