第4話
気がつくと見慣れた私の部屋……じゃない!
「……あ」
声にならない声が漏れた。視界の端で何かが動いた。視線だけそちらに向けると、そこにはナギがいた。私の横で静かに本を読んでいた。
目が合う。
「アオイ、今度こそおはよう。体しんどくない?」
そう優しく笑いながら起き上がろうとする私を支えて水の入ったコップを渡してくれた。
水を一口飲み、答える。
「だいぶ……マシだと思う……。」
「そっか、よかった。」
「……。」
「なんか考えてるでしょ。教えてよ。アオイの全部。」
図星をつかれて息ができなくなる。いったところで、どうせナギにはわかってもらえないだろう。
わかってもらえない可能性がある中で自分の考えを言ったとして、誰かに聞いてほしいそれは、求めている返事があるわけで。それをすべて分かったうえで理解の得られないであろうナギに話すなんて無謀なこと、自分を大切にしていないのと同義だ。だから断ろうと口を開いた。
「考えが、まとまらなくて。聞いてほしいことが、あって。」
……え?違う、私は、断ろうとして……。
でも、口から出た言葉は橙色の言葉で。
「うん。聞くよ。」
待って。違う、違うのに。
「あのね、私ね。」
嫌だ、こんなこと言いたくない。
「誰かに、」
いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだ!
「誰かに、愛されたい。どんなに暗くても、どんなに考えすぎても、どんな私でも。」
「どんな私でも、誰かに大切にされたいの。誰かに、愛されたい。必要とされたい。」
意思とは関係なく漏れてしまう言葉は、口をどんなに強く抑えても、血を吐くようにドロドロとあふれて止まらない。
「私は私を大切にしているのに、誰も私を愛してはくれないし、誰も私を大切にはしてくれないし。みんな私の存在を雑に扱うし、私になら何を言ってもいいって思ってる人が私の周りにはたくさんいて。何を言ってもいい人なんてこの世にはいないのに、私だけみんなから大切にされてないの。だから助けて……助けてよナギ!」
なんて他責なんだ!私はいつもそうだ。他責だから根幹で思ってることは絶対に誰にも言いたくなかった。
自分でわかっているからだ。でも、それでも言ってしまった。もう元には戻せない。本心を言うときは、死ぬ時だって、決めていたのに。
怖くてナギの顔が見れない。いま、ナギが何を思っているのかを知るのが怖い。この場から一刻も早く逃げ去りたい。
逃げて、ナギとはもう金輪際関わるのをやめよう。そうだ、そうしよう!ナギの言葉を聴く前に早くこの場から立ち去らなければ!
そう思って腰を浮かそうとすると、それよりも少し早く体が締め付けられて動けなくなった。
「え?」
ナギが、私を腕ごと抱きしめたのだと理解するのに、数秒かかってしまった。
「アオイのことは……俺が大切にしてる。俺は、アオイのこんなに近くにいる。」
「俺はアオイのことを必要としてる。俺は、アオイのことを、こんなに想っているんだ。」
「アオイは今、別れたばかりの元カレのことを引きずってるだろうし、本当はこんなこと言うつもりもなかったよ。」
「でも、俺はアオイのそばで元カレよりもずっと長い時間一緒にいたんだよ。」
「いいところも嫌なところも全部見てきた。それでも一緒にいたいと願って今ここに、アオイのそばにいるんだ。」
「……でも、こんなに一緒にいても本心はやっぱり言ってくれなきゃわかんないんだよ。」
「だから、言ってくれて嬉しかった。今まで気づけなくてごめん。今まで考えすぎだよ、なんて勝手なこと言ってごめん。」
「俺はずっとアオイのそばにいたいし、実際今までずっとアオイのそばにいた。」
「これからもずっとそばにいる。それが友達なのか、恋人なのか、どんな形になっても、だ。」
「絶対にだ。」
「だから、安心して。俺はどこにも行かないし、どんなに突き放されてもアオイの手の届くところにちゃんといるから。」
「アオイの、今のアオイのままでいいんだよ。」
「俺は、アオイが、いいんだ。」
「アオイが今後どんな風に変わっても、俺は、アオイじゃなきゃダメなんだ。」
どんどん強くなっていくナギの腕の力、どんどん震えていくナギの声。こんなに安心感を覚えたのはいつ以来だろう。こんなに多幸感を覚えたのは……。
私は体をひねり、ナギの背中に腕を回した。欲しかった言葉を今、すべてナギにもらった。
「ありがとう、ナギ。」
私は矛盾する心を無視し、そっとナギを突き放した。
俯くナギを、手放してはいけないナギを、私の未熟さ故に突き放し、部屋を出た。
私はその足で海へ向かった。
「あぁ。青いな。」
夕日が沈む海には橙色に輝く光の絨毯ができていた。
私はその上をゆっくりと進んだ。海と夕日は補色だからよく映えるな、なんて思っていたら波が体を押してくれた。
今、私はしがらみから解放されて、波に助けられながら、ゆっくりと前に進んでいる。こんなに安心したのは本当にいつぶりだろう。もう、悩むことはなにもない。愛されながら、必要とされながら、私は今、人生で一番輝きながら、人生で一番幸せを感じながら、前へ前へと進んだ。
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