エピローグ「眠れる賢者の日常」

 魔王との戦い(という名の一方的な害虫駆除)から、数年の歳月が流れた。

 世界は、歴史上稀に見る平和な時代を謳歌していた。「眠れる賢者」の伝説は、子供たちに語り聞かせる英雄譚として定着したが、その正体も居場所も、もはや誰も知らない。世界は、救世主が今もどこかで見守ってくれていると信じながら、自分たちの足で着実に復興を遂げていた。

 一方、世界の誰からも忘れ去られた「奇跡の森」では、以前と何も変わらない、穏やかな日常が流れていた。

 リアは、相変わらずユウマのメイドとして、甲斐甲斐しく彼の世話を焼いている。最近の彼女の楽しみは、ユウマの自動化魔法によって無限に供給される食材を使い、新しい料理のレシピを開発することだ。彼女の料理の腕は、もはや神業の域に達しつつあった。

 セラフィーナは、騎士団長を正式に引退し、この家で隠居同然の生活を送っていた。王国最強の剣士は、今ではリアの新作料理の毒見役(という名の試食係)をしたり、森でのんびりと剣の素振りをしたりして過ごしている。時折、リアの買い物に付き合って、人知れず街の様子を見に行くのが、彼女の数少ない外界との接点だった。

 そして、我らが主人公ユウマは、もちろん、ベッドの上だ。

 彼の【生活自動化】スキルは、この数年でさらに極められ、もはや「思考するだけ」で身の回りの全てが自動で動くレベルにまで昇華されていた。言葉を発するのすら、面倒になってきたらしい。

(リア、今日の昼ご飯はオムライスがいいな。卵はとろとろのやつで)

 ユウマがベッドの中でぼんやりとそう思考しただけで、厨房のフライパンやボウルがひとりでに動き出し、寸分の狂いもない完璧なとろとろオムライスを作り始める。

(セラフィーナ、王都で最近流行ってる恋愛小説が読みたい)

 そう念じれば、地面から土くれが集まって形成された万能ゴーレムが、人知れず森を抜け出し、数時間後には王都の書店で最新刊を購入し、彼の枕元へそっと届ける。

 彼の怠惰は、もはや神の領域に達していた。

 だが、そんな彼がたまに見せる、寝ぼけ眼の優しい表情や、リアとセラフィーナが傍にいることを、空気のように当たり前に受け入れている姿に、二人は穏やかで満たされた幸福を感じていた。

 彼は、自分から二人に話しかけることは滅多にない。しかし、二人が彼の傍で楽しそうに話している声を聞きながら、心地よさそうに眠っている。その事実が、二人にとっては十分すぎるほどの答えだった。

 世界を救った英雄は、今日も今日とて、二人の美しいヒロインに見守られながら、最高のお昼寝を楽しんでいる。

 彼の怠惰な日常こそが、この世界が平和である何よりの証拠なのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

過労死転生したので怠惰に生きたいと言ったら、神様が寝てるだけで最強になれるスキルをくれました 藤宮かすみ @hujimiya_kasumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ