ひと口ちょうだい

香久山 ゆみ

ひと口ちょうだい

「おっ、チョコミントあるじゃん」

 冷凍ケースから、ハーゲンダッツを手に取る。

「もう夏も終わるのに、またアイス?」

 楓が言う。

「えーだってまだ暑いじゃん」と答えながら、レジに並ぶ。楓はついてこない。いつもなら一緒に買い食いするのに、今日は本当に何も買わないんだ。

 コンビニを出て、脇のコンクリート塀に腰を下ろす。

 一人でカップの蓋を取り、淡く瑞々しい緑色の端っこに、プラスチックのスプーンを突き刺す。

「夏が終わるからこそ、アイス食べなきゃ」

「あんた、そういう変わったとこあるもんね」

 やれやれと大袈裟に溜め息を吐く。

 いつもと変わらない、何気ない会話。だけど、たぶん楓も今思い出しているだろう。昼休み、私が楓にキスしたこと。

 変わり者の私の冗談だった。そういうことにしたいのだろう。

 でも、楓も意識しているのがひしひし伝わってくる。

 だっていつもなら「ひと口ちょうだい」って言うのに、今日は言わない。どことなくぎこちない。

 あー、なんでしちゃったんだろう。

 話があるって楓に誘われて、屋上で昼ごはんを食べた。楓が、杉山にフラれたって言った。すごく悲しそうで、すごくいじらしくて、すごくかわいいと思った。けど、他にも生徒がいるから我慢した。

 そのあと、いつも空いてる旧校舎の女子トイレで歯磨きした。五時間目開始のチャイムが鳴って、他の子達はパタパタと出て行った。リップを塗っていた楓は、慌てる素振りもなくポカンとしてた。そっか、次は杉山の授業だ。私が考えてたのはそんなことで、あ、と思った時にはもう楓にキスしてた。

 楓はすごくびっくりしてた。

 私はもっとびっくりした。それで、楓が正気を取り戻す前に「早く教室戻ろ」と声を掛けて、何事もなかったみたいに午後の授業を受けた。窓の外、グラウンドの向こうには真っ青な空が広がっていて、白い太陽が眩しかった。

 ――だめだめ、思い出しちゃ。

 気持ちを入れ替えるために、スプーンいっぱいにすくったアイスを口の中に入れる。

 冷たいミントの香りがすうっと広がって、いっそう昼休みの唇の温もりを思い出すことになってしまった。

「カンナ、どうかした?」

 夕日に向かって顔を背ける私に、楓が言う。

「……どうもしない。今日もチョコミントは最高だって思っただけ」

 うん、おいしい! って、もうひと口食べて、畳み掛ける。

 隣からじっと楓の視線を感じる。ひと口ちょうだい、って言うだろうか。

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ひと口ちょうだい 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

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