3.『決めた覚悟』
「くそ!くそ!なんで、消えろ!消えろよ!」
暗い森の中で、一人叫び続けるレイガルドの声。
背中の部分から溢れ出る黒い霧は一直線にレイガルドが先程までいた小屋へ伸びている。
その黒い異物は実体が無く、背中から生えている根元を掴めない。
近くの木に背中を擦り付けても、気をすり抜けて自由自在に動き回る。
「なんで、なんで!今!?」
レイガルドは、その黒いモノを知っている。
「アイリス!早く戻れ!!!」
魔女"アイリス"による魔法。
子孫である彼にまで魔法を植え付け、死して尚、この世を徘徊しようとする、亡霊に近い。
十数年、その魔法によって望まぬ被害を出し、苦しめられた張本人であるレイガルドにすら、発動条件は未だ謎だ。勿論、アイリスを収める方法も謎。
「クソ!クソ!クソ!クソ!!!!」
現状を何も変えることが出来ない自身の非力さと現実の無慈悲さに雄叫びを上げる青年の声が静寂の森の中を轟かせる。その声が誰かの耳に届くことはなく、アイリスとエルダーの戦闘が繰り広げられる。
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戦場は、互いに言葉を交わすことはなかったが、部屋の中では狭すぎると判断した為、両者小屋の屋根に登り威嚇し合っていた。
エルダーは久しぶりの強者との戦いに胸を踊らせており、剣を握る握力が無意識に強くなっていた。
「そっちからどうぞ、俺はレディーファースト出来る男だぜ。」
『ふふ、私を女扱いしてくれるとは、中々の紳士だな。敬意を払って綺麗に葬ってやろう。』
黒い巨体の彼女は見た目に反していかにも冷静な会話を可能としており、凶暴性は皆無であった。
--理性がかなり正確にあるな。てっきり無闇に攻撃しまくる戦闘狂みたいなのを想像していたが。
想像と少し違う印象を受け、エルダーも若干戸惑うが、
「ま、関係ねぇか。殺しに来るってんなら返り討ちにしなきゃなぁ。」
そもそも殺しに来てる時点で凶暴性はある。
"最悪の魔女"と言われた伝説が今目の前で自身の命を奪おうとしている。この状況にヒリヒリしている。
『それでは、私から行かせてもらおう。』
「お、来るか。」
アイリスは、黒い腕をクロスさせて、巨大な魔力を溜める。
『--"ゴルゴーザ"』
一瞬にして、大気が軌道を変え始め、一点の黒い円状の魔力の源へと引き寄せられてく。アイリスが腕をクロスさせた地点には全てが集約されている。
そして、アイリスの"ゴルゴーザ"という発言と共にそれらは一気に解き放たれ、エルダー目掛けて飛んで行く。
そこにある生命を確実に仕留める勢いで、その魔力の塊は飛んで行く。
--ドガアアアンンンン!!!!
黒い煙が立ち込め、エルダーの姿は既にそこには--
「ばぁ!」
『...っ!?効いてな--』
「次はこっち。」
真っ黒で正確な表情は見えないが、明らかに顔を歪ませている。
全く無傷のエルダーの登場に戸惑うアイリスにすかさず剣を入れるエルダー。しかし、剣は見事にすかされる。
「...えぇ?」
というか、アイリスを抜けて、剣は空中を切っている。
まるで空気を斬っている感覚。まぁ、言うなれば--
「--物理攻撃無視ってことね。」
『理解が早いな。やはりお前只者じゃないな。ますます殺したい。』
「へっ、こちとら人類最強の男だ!そう易々と取れる首じゃねぇぞ!」
史上最悪の魔女に啖呵を切るは、人類最強。
物理攻撃の効かない一見無敵の相手にエルダーのとる策は、実にシンプルな方法。
「お前の身体は全て魔力で出来てるって事だな。そういう相手には、魔力オンリーの攻撃をぶつけりゃ良いだけだ。」
『ふふ、お前は剣使いだろ?魔力を纏った剣でも、私には届かないぞ。』
「知ってるわ。」
だから、エルダーは剣に魔力を纏わせるのではない。
魔力の剣を握る。
エルダーの持つ剣が段々紫色のオーラを纏っていき、刃を変色させていく。銀色の鉄は紫の異様な鉄へと変化していき、先程とは明らかに違う異様なオーラを纏う。
『話聞いていたのか?』
「馬鹿、纏ってるわけじゃねえ。こりゃ完全な魔力の塊だ。」
『いや、元々存在する物質に魔力を込めて振るう。それが基本的な剣の使い方。私から見れば、それも全く同じだぞ?』
「まぁ、見てろよ。」
無の表情をするアイリスにエルダーは剣を持ちながら飛びかかる。
アイリスは避けようとしない。何故なら、当たっても効かない、と言うよりは当たらない事を確信しているから。だが、その油断はアイリスを追い詰めた。
『--っ!?は?』
「ほら!効いた!」
エルダーの剣は見事にアイリスの首を討ち取った。
『...どういうからくりだ。』
首だけとなったアイリスは困惑した表情でエルダーの顔を見上げる。
何とも屈辱的だろう。自身が敗れた敗因が己の油断なのだから。これ程の屈辱は無い。
「俺は魔力操作が神がかっててね。そんじょそこらの魔法使いよりは魔力操作のレベルが違う。」
『...つまり?』
「存在する物質を型に魔力だけの剣にした。だから、ほら、俺が魔力を送るのやめればこうやって崩壊しちまう。跡形もなくな。」
そう言い、エルダーは手に持っている剣をアイリスに見せると、たちまち塵となり崩壊していく。
気高き剣士として、剣を失うというのは致命的だが、エルダーには特に関係の無い事だった。
「よぉし、そんじゃ色々聞かせてもらうか。」
頭だけとなった無惨な魔女を余裕の笑みで見下すエルダー。
これまで、アイリスは魔力だけの自分の首を討ち取った者が存在しなかったことから、この経験は初めてで、言葉にし難い屈辱を受けていた。
『...お前は、いつか殺してみせる。』
「んー?」
『ふふ、魔女って言うのは、怖いんだよ。小僧。』
「っ!」
アイリスがその言葉を最後に、身体と頭を塵と化して散った。
それは消滅したように見えるが、相手は魔女。
考えうることとして最も可能性が高いのはレイガルドの身体に戻ったということだろう。
暗闇の中、星空に流れる流星を見て、エルダーは呟いた。
「...憎いな。」
その呟きを屋根の下で聞いてきたヘルリアも静かに首を縦に振り、エルダーの言葉を1人賛同していた。
------
「...大丈夫...ですか?」
薄れ行く闇の中、1つの眩い閃光が脳内に刺さった。
か弱く、優しい音色が心地良かった。
「あの...森の中は魔獣とか現れるので...その...危険ですよ?」
きっと、彼女も怖いだろう。夜中に森の中なんて来たくなかったんだろう。今にも泣き出しそうな程、声が震えている。
「..........あ....あぁ....」
「っひぃ!.....えっと...怪我してます?」
細い声を出すレイガルドに一瞬驚くが、彼女は勇気をだして、彼に手を差し伸べた。
金髪のショートヘア、涙で潤っている青色の瞳。
純白のワンピースを着て倒れているレイガルドの頭上に静かにしゃがみこみ、彼の頭に手を伸ばす。
「....ヒ...ヒール....」
その時、レイガルドの身体にあらゆる活力が蘇る感覚がした。
精神が闇の中へ彷徨いそうになった所を彼女に助けて貰った。
しばらくすると、身体が楽になり、静かに立ち上がることが出来た。
「...あ、ありがとうございます。」
「いえ、あの...その...大丈夫ですかね?」
「あ、大丈夫です。」
「よ、良かった。でしたら私は帰りますね。」
微笑ましい笑顔でレイガルドの体調を確認して、一滴零れそうになった涙を拭って、彼女は森の奥へと帰っていった。
レイガルドは、真っ白な光が奥へ行ってしまうのを見て、なんだか寂しく、悲しい気持ちになったが、それでも彼女の優しさに触れ、何だか目の奥が熱くなってきた。
「...これって...」
不意に頬を触ると、目から溢れ出る水の水滴に気付く。人生で初めて誰かに心配され、自分の元気を喜ばれた事が凄く嬉しかった。
「あ、アイリス...そうだ、僕確か...」
記憶が蘇る。
あの時、アイリス沈めるよう自身の身体を木や地面に押し付けていたが、その内気を失って倒れてしまっていたのだ。
そこに現れた金色の彼女が、森の中で倒れているレイガルドを見つけ出して、レイガルドを覚醒させてくれたのだ。
「...ヒールって言ってたな...僕、何処か怪我でもしてたのかな?」
そう、レイガルドはあの時特に怪我はしておらず、ただ気を失っていただけ。しかし、彼女は彼の目を覚まさせた。一体どういう理屈なのか分からないが、とにかく感謝してもし足りない。
夜の森という危険すぎる場で眠っていたレイガルドを助けてくれたのだから。
「まぁ、アイリスが勝手に守るんだろうけどね。」
--ッザ!
「ぇ!?」
奥の方から葉を踏み潰す音が聞こえた。
「...レイガルド。」
「...エルダーさん...」
疲れた顔のエルダーが居た。
「...レイガルド、お前...」
「...エルダーさん、ごめんなさい。」
「え」
レイガルドの急な謝罪にエルダーは少し戸惑う。
エルダーはただ、レイガルドが心配だったのだ。
あの力を持つアイリスによって人生を邪魔され続けた青年。彼が小屋から逃げ出したことに関しては何にも考えていなかった。
むしろ、謝りたいのはエルダーの方で。
勝手な判断でレイガルドを連れて、無理な訓練を強いて、彼を極限状態にさせた。
それが、レイガルドから溢れ出たアイリスの発動条件だと睨んで。
だが、レイガルドの考えはついさっき変わった。
「僕は!死にたいと思った!逃げ出したいと思った!でも、考えれば僕が死のうとしても、今までアイリスがそれを邪魔してきた。逃げられなかった。この人生から。」
「...」
「何もかも放棄して世界に身を委ねても、僕は何も変わらない。アイリスは止まらない。」
「...レイガルド」
「アイリスは最悪の魔女だ。彼女を自由にしていたら、世界がどうなるか分からない。それでも、僕はどうでもいいと思っていたんだ。だって、世界が僕を拒絶するから、僕も世界を拒絶した。」
溢れ出る感情は止められなかったし、止めたくなかった。気弱な自分が初めて出したこの本性を、この本音を止めたくなかった。
「僕はこの力を...誰かの為に使いたい...誰かに認められたい。誰かに必要とされる自分になりたい。誰かに!愛されたい....」
「...」
「僕は...アイリスを支配したい。」
「...」
「教えてください。エルダーさん。僕に...魔女を支配する力を...アイリスを喰らう力を身につけさせてください。」
「....っくく!はははは!最高だ!レイガルド!」
高らかに声を上げ、夜空に顔を上げるエルダーは少し涙を目に浮かべて笑った。
「よし、覚悟は出来たな?レイガルド。呪いに抗う覚悟は。」
「はい!」
腹を決めた。
僕は、魔女アイリスに植え付けられたこの魔法...いや、呪いを克服して、僕がアイリスを支配する。
自分でもなんて単純だと思う。
さっき優しくされたぐらいで、人生の決断をするのだから。だが、その優しさは、レイガルドにとってどれほど救いになったか。
初めての優しさがレイガルドを動かした。
------
『これより、第85回アバドン魔術学院入学試験を始めます。受験者の皆様は、各ブロックに分かれてください。』
広大な大地が広がる森。
その森の中央広がるのは何も無い高原。緑の葉が風に揺られ、魔獣がそこらで草を食べている。
牛のような頭で足が6本ある魔獣。
キリンのように長いクビで二足歩行をする魔獣。
トカゲのような見た目で炎を出す魔獣。
どれも気色の悪い見た目をするが、一致しているのは頭上に角を生やしている部分だ。
「エルダー様、大丈夫ですかね?」
「みっちり鍛えといたんだ。まず、合格は間違いないね。問題はそこじゃない。」
1万を超える観客達は大きなドームの中で、モニターに映し出されるあらゆる場面の受験者を見る。
「キルアー!頑張れ!」
「サガニナ〜!負けんなよ!?」
「ビーナー!絶対合格発表しなさいよ〜!」
総受験者数1万人。書類選考で落とされた者達を含めればこれに限らない。
そこで魔力テスト、筆記テストを勝ち抜いた上位500人。
その500人が立っているのは、ドームの上空に存在する空に浮かぶ大地。アバドン魔術学院が保持する特殊試験会場でもある。
500人の保護者、そして落選した者達、プロの魔法使い、あらゆるジャンルの人々が見届けるこの試験。
「合格基準は...上位の30人のみ。」
「へへっ、まぁそこは余裕。...後は頼んだよ。レイガルド。」
観客席で足を組み笑みを浮かべながら宙に浮かぶ大地を見つめるエルダー。
ヘルリアは少し心配な表情をうかべるが、直ぐに気を立て直し、姿勢を正す。
『試験時間は100分間。それでは、試験開始まで...』
『3...2...1...始めっ!!!!!!!!!』
--ゴォォォンンンンンンンン!!!!!!!!!
会場に高音の鐘が鳴り響く。
試験開始の合図が轟いた。
「よし、行くか。」
レイガルドは剣を握り締め、森をかける。
アバドン魔術学院入学試験開始。
残り人数500人。
脱落者0名。
試験終了まで99分50秒。
魔女の末裔 アラマ @no_18
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