2.『逃げ出した代償』

王都より少し離れた場所

山奥から聞こえてくる声は既に掠れて疲労困憊の極限状態を感じさせる。


「...はぁ...はぁ...ん...」


走っている最中に、口を押さえ込み、込み上げてくるモノを必死で抑える。

今朝食べた、いや食べさせられたパン3つとスープが胃から逆流してきている感覚が伝わる。

身体を作る飯を沢山摂取することが大切と豪語するエルダーに無理矢理詰め込まれ今朝から腹の調子が悪いレイガルドは今、山を3周走り終えた所だった。


「...き、きつい....」

「おらおらー、こんなの序の口だぞー、あと8周ー。」

「エルダー様、あと7周ですね。」

「ん?あ、これで3周目か。じゃあ後7周ー。」


腕を組みながらラフな格好で特訓講師を務めるのは、エルダー。その横では物静かにサポートをするヘルリア。

2人の視線がレイガルドに早く走れと言わんばかりだったので、吐きそうなのを必死に堪え、自分の身体に鞭を打ち込み再び走る。


「どうだー?この山特訓には申し分ないだろ?」

「エルダー様、流石にこの山の周辺を10周は少しやり過ぎな気が...1周だけで10キロ以上ありますよ?」

「ん?そんなきつい?俺が若い時は20周だったぞ?」

「...そんなの人間のやるメニューじゃないです。」


割と本気で引くヘルリアの顔に少しエルダーはしょんぼりとする。

川のせせらぎが心地好い音色を醸し出し鳥達の囁きが色とりどりの森に流れ込む。


ここはエルダーがレイガルドを特訓させる為に選んだ基礎体力向上トレーニングの場所。

大きな山を10周するという傍から見れば鬼畜極まりない所業を当たり前のように強要するエルダー。


「はぁっ...はぁ.....」


それでもレイガルドは、走るのだ。

生きる気力を失い、死ぬ覚悟等とうの昔に出来ていたが、エルダーによって開かれた小さな可能性の道。

魔法学校という夢にも見なかった場所に行けるかもしれない。そんな思いが疲れた身体を動かせるのだ。


特訓は朝から始まり、もうすぐ夕方になろうとしていた。


「....っ...は....っぁ............」


もはや走ることなど出来ずに全身の筋肉を最大限に引き出して全力で身体を動かすレイガルド。

暇そうにあくびをしているエルダーとずっと変わらぬ体勢でレイガルドの走りを見届けるヘルリアの姿がもうすぐそこまであった。


遂に迎える10周目の周回。

これまで過酷な道だったが、苦節約10時間、レイガルドは遂にエルダー直々の鬼畜プランを完遂した。


「っだぁ!!!!」

「はい、おつかれー。」

「お疲れ様です。レイガルドさん、お水です。」


勢いよく地面に倒れ込み、全ての力をオフにする。

ヘルリアに渡されたキンキンに冷えた水筒を手に取り、中に入っている水を全て一瞬で飲み干す。

これまで一度たりとも水分と食事を取っていなかったこともあり、この水は人生で一番心に染みる味がした。水なので味は無いはずなのだが。


「ぷはぁ!!!......やっと....終わった....」

「え?何言ってんの?」

「......え?」


エルダーの発言にビクつく。

何かとんでもなく恐ろしい事を言いそうだ。


「次は魔力トレーニング。次に集中力トレーニング。」

「.....えっと....それは、明日のメニューですか?」

「ん?今日だよ。明日も同じメニューで行くよ?」


今世紀最大の衝撃。今日のトレーニングはまだ終わっていない。それどころか、明日もこの山10周トレーニングが待っていると思うと身の毛がよだつ。



それから、マジで魔力トレーニングと集中力トレーニングが実施されたのだ。

魔力トレーニングは、身体にある魔力コントロールを常に意識することを目的にしたトレーニング。

魔力のオンとオフを出来るだけ精密に迅速に行える力を極める。

集中力トレーニングは、夜の森の中で常に魔力探知を動かし続け、彷徨う魔獣の魔力を感知し逃げ続けるという命懸けのトレーニング。


レイガルドはこの一連のトレーニングを全部一日で終わらせ、ようやくベッドに入る。時刻は既に日付を跨いでいた。


「そんじゃ、明日もよろしく!」

「お疲れ様です。レイガルドさん。」


エルダーとヘルリアのその言葉を最後に、レイガルドの過酷な一日は終わった。

山奥にある小さな家の小さな部屋の中でそこまで柔らかくもないベッドの上で目を閉じる。


「...いや、キツすぎるって!!!!」


勿論、そう簡単に終わらせる訳ない。この怒涛の一日を。どう考えてもやり過ぎている。レイガルドはこれまでガチガチの特訓なんでやってこなかったしやる必要が無かった。


死刑を免れる代わりに課せられた役目は魔法学校への入学。そして最強の魔法使いになること。

どうしてそれが交換条件として持ちかけられたのか、レイガルドはうっすら気づいている。


これまで色々な人を不幸にしてきたこの、魔女の血筋を誰かを傷つけるのではなく、誰かを守る為に使うモノにする。そういう意図がエルダーにはあるのだろう。


「...でも、何で僕がそんなことを....」


そう、レイガルドは決して心から死刑を望んでいた訳では無いが、死刑で構わないという考え方ではあった。


「...キツイ、明日もこれが続くんなら....!」


気弱なレイガルドにしては珍しく、腹から煮えたぎるものがあった。エルダーも魔女の末裔であるレイガルドを結局利用したいだけではないか、という考えが出てきて、何もかもに腹立たしさを覚える。


--誰だよ、アイツら!何で僕がこんなことしなくちゃいけないんだよ!そもそも助けて欲しいなんて言ってない!死刑でも別に構わない!魔法学校なんて行きたいなんて一言も言ってない!


気がつくと、レイガルドは小屋を飛び出して森の中を走っていた。


「はっ、はっ、はっ....ん....」


午前の地獄ランニングの弊害が出てきている。当選足は筋肉痛でパンパン。

でも、嫌だ。こんな世界。


「いやだ!いやだ!いやだぁ!!!!」


『じゃあ、全部ぶっ壊してやろうか?』


「っ!?」


森を走る中、心の中で誰かが囁く。

最も憎く、忌まわしく、そして聞き慣れた女の声が脳内に、魂に響く。


『良い機会だ、魔女の恐ろしさを人類に見せしめよう。』


「やめ--」


------


「エルダー様、明日のメニューは?」


暖かな色合いをするランプが飾られているそのテーブルで、ヘルリアはコーヒーを注ぐ。

夜中でも何やら資料に目を通すエルダーは静かに注がれたそのコーヒーを口へと運ぶ。


「バカ言いなさんな、あんなの連日出来る訳ねぇ。そうさなぁ....とりあえずアイツには同じメニューって言うけど、ぶっ倒れた所でおしまいだ。」

「それでもだいぶきついですけどね。」

「俺ときはこんなんじゃなかったっつーの。ま、体力ある方に見えねえ割に、ガッツはあるな。そこは認める。」


静かな小屋の中、2人はテーブルを囲んでそんな雑談をしていた。

エルダーがコーヒーをまた口へ運ぼうとした時だった。


「...エルダー様?」


突然、口にカップを付けたまま動きを止めるエルダー。そして、


「...ヘルリア下がってろ。」

「はい?」


軽装には見合わず、突然自身の剣を立てかけられていた壁から持ち出し、窓の外へ走り込む。

ヘルリアがキョトンとしていると、"ソレ"は現れた。



「はは!やべぇのが来てる!」

「っ!エルダー様!すぐそこに--」


--バリィィンンン!!!!!!!


窓ガラスが砕け飛び、部屋中に破片が散らばるが、2人の視線は完全に同じモノに集まっていた。


『ははは!避けたか!?何者だぁ!?』


窓から現れた大きな手を素早くかわすエルダー。そしてあらわになる、史上最悪の魔女。


「初めまして、アイリスさん。俺エルダー、よろしく。」

『少しは、楽しめそうだな?』


足の無い状態で上半身だけのその巨体。

真っ黒な身体に真っ白な目。一部屋程の大きさのその上半身だけの化け物は、エルダーを睨み笑う。



魔女アイリス、エルダーと相対する。

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